選択的夫婦別姓について思うこと

少数与党である石破政権下において、選択的夫婦別姓が制度化する気運が高まりつつある。
衆院法務委員長のポストを立憲民主党が獲得したことにより、この流れは加速しそうだ。

日本の成り立ちを義務教育から学んでいれば、選択的夫婦別姓というのはおおよそ考えられない制度だ。
日本は古くから氏(うじ)を単位とする国で、アメリカのような個人主義の国とは異なる文化や歴史的背景がある。
この氏に加えて、近代になって戸籍制度ができたことにより、個人がどの家に所属しているかをより詳しく把握できるようになった。
氏名、住所、本籍地、婚姻状況、血族関係……たとえ身分を隠していても、戸籍を見ればすべてが分かるようになっている。
氏とは、日本人を守るための先人の知恵なのだ。

そして家族単位で氏を同じくするということは、そのまとまりの集団の中での結束感や信頼感、安心感などの強固な絆が構築されるということだ。
僕は少し特殊な環境で育った(僕の苗字は母方の苗字)ため、これらの感覚を子供の頃に学習しきれないまま大人になった。
だからこそ以下の言葉を言わせてもらう。

現時点では、選択的夫婦別姓は絶対に実現させてはならない。


こういう話をすると「諸外国では夫婦別姓が当たり前」などと言い出す人が一定数いるが、『ここは日本』である以上、太古から培われてきた集団としての日本人のメンタリティを尊重すべきであり、海外にはまた異なる事情があることを知っておく必要がある。
しかし、そういう風に扇動されている人たちの多くは、単なるグローバリストというだけでなく、極端なミソジニーやミサンドリーだったり、あるいは過去のトラウマなどにより被害者意識が抜けきれなかったりして、大小様々な闇を抱えているものだ。
だから僕には彼らを責めることはできないので、せめて以下の動画を観てほしい。

【ショートバージョン: ニコニコ動画】高市早苗議員「何としても夫婦別姓をと運動されている方々から聞こえてくるのはそもそも戸籍制度を廃止すべきという声。安倍総理と私が心配していたのはこの点。」
【全編: YouTube】高市早苗チャンネル 安倍晋三元総理の遺言ともいえる重要課題・選択的夫婦別姓について


「別姓を名乗れるようにしたほうが、個々のアイデンティティが保たれて自分らしくいられるのではないか」と考える方もいるだろう。
僕も以前はそう考えていた。先にも述べた通り、僕は特殊な環境で育ったので、他人とペアになることの必要性を感じていないし、無理に一緒になってストレスを貯めるぐらいなら一人のほうが気楽だと考えている。こうした人はいわば「外れ値」で、大衆の意見としてはあまり参考にならない。

そもそも、苗字ごときでアイデンティティが揺らぐのであれば、所詮はその程度の愛ということだ。
「相手の苗字を押し付けられるのが嫌」という発想をしている時点で結婚に向いていないのだから、僕のように独身でいれば何ら問題はないだろう。
敏感な方の中にはこれを人種差別や性差別などと捉える方もいるかもしれないが、僕自身は全くそのように感じていない。
人間関係で苦労したくないのは誰だって同じだし、昭和と違い、今は結婚しない自由がある。

それに、このようなことを法制度化しなくても、ペアで別姓を名乗る方法は色々ある。
内縁関係でいたり、通称を使用したり、同性であればパートナーシップ制度を利用したり、離婚して元の苗字に戻したり、夫婦別姓が可能な国で結婚したり、もし相手の財産が目当てであれば相手とは別苗字の近い親戚と養子縁組をする(離縁後は元の苗字に戻せる)など……。これらはすべて合法だから、ご自分に合った方法を選べばいい。
お子さんがいなければ、この辺は割と自由にできるだろう。

ただし、お子さんがいる場合は、その子のことをよく考えて姓を選択してほしい。
子供を大人の思い通りに従わせるのは見かけ上は簡単だが、もしその子がまだ未成熟であれば、その子の精神に不可逆的な影響を与えることにもなりかねないからだ。

例えばあなたがパートナーのことが嫌いで、その悪口を二人の我が子に吹き込んだとしよう。すると片方はあなたと同じになり、結果的に負の再生産が行われる。その結果相手と姓を分けることになるが、もう片方の子の親権は相手にあり、その子が相手の苗字を名乗ると言い出したら、そこで家族はバラバラになる。これは僕の身近で実際にあった話だ。

「どうしてお父さん(またはお母さん)と私の苗字は違うんだろう?
どうして私は他のきょうだいと苗字が違うんだろう?
私のお爺さんやお婆さんはどこから来たの?」

家族の苗字がバラバラになることで、我が子の中に、このような疑問が一生残り続ける可能性がある。
もしご自分の子供がいることを想定したうえで選択的夫婦別姓を考えているとしたら、このことをよく考えてほしい。


選択的夫婦別姓は日本においては革新的なシステムだし、本心では僕も賛成したい気持ちはある。
しかし今の日本は海外勢力の影響を強く受けており、そのシステムがまともに機能するか分からない。
だから僕は現時点では選択的夫婦別姓は不要だと考えている。

自分たちの都合の良いように大衆を操って国のシステムを変えるというのは、「郷に入っては郷に従え」を守らないどこぞの人々と同じ発想だ。
その行き着く先は、過去の中国で起きた文化大革命のような、その土地の歴史や文化の破壊だ。
これから先、日本をそういう人たちの温床にしてはならない。