『へいりんじの夜』騒動から10年後――
アイドルグループのCB劇場を脱退したヒロにゃんは、その実力を買われてTOKYOの大手アイドル事務所へ移籍し、めでたく社会的な成功をおさめて順風満帆な生活を送っていた。
Kはグループを引退し、地元の医療機関に勤める傍ら、自らの神通力である毛生えの奇跡によって、多くの薄毛者たちの宿命を人知れず救済していた。
イワ夫妻もまたグループを離れ、諜報活動で得た資金を元手に、愛猫のリリーとともに南の島で新たな生活を始めていた。
そしてちょうまは、もぬけの殻となったグループを隠れ蓑にまたもや世界征服を目論んでいたが、Kの母親から前回の騒動に関する多額の賠償金を請求され資金難に陥り、その夢は保留となっていた。
そんな中、世界を震撼させる、ある疫病が流行する。
その名はコロニャンウイルス。感染力が強く、発症すると一定確率で薄毛となり、強烈な笑いの発作が起きてやがては死んでしまうという恐ろしい病である。
世界中の専門家や科学者たちがこのウイルスの解明に心血を注いでいたが、一向に全容は掴めず、その間にも感染者は増え続け、このままでは人類が絶滅してしまうのではないか――そんな噂さえ、人々の間で囁かれ始めた。
「そこで我々の出番ですよ」
柵の向こう側からちょうまさんが語りかけている。
「イワ夫妻が送ってくれたウイルス調査報告と、我が家のスパコンが見事に同じ答えを導き出しました。そのウイルスの特効薬がここ、へいりんじにあるというのです」
「相変わらず唐突な話ですね」
ちょうまさんの自信満々な口調に呆れた気持ちで返す俺。
俺の名はヒロにゃん。言わずと知れたスーパースターだ。
最近ではコロニャンウイルスの影響で、メディアからの出演依頼もめっきり減ってしまった。そこで、今流行りの動画サイトであるMewYube(ミューチューブ)に、俺のカッコイイ私生活動画をアップして収入の足しにしている。
「で、なんで俺はまたここに閉じ込められてるんですか!?」
そう、今俺がいる場所は、前回の騒動でぶち込まれたあの座敷牢の中だ。数時間前、近所のコンビニに夕飯を買いに行く途中で俺の意識は途絶えた。そして気付いた時には、またこの中に囚われていたというわけだ。
「さっき説明したのに何寝ぼけたこと言ってんのよ」
もう一人の人物が俺にツッコミを入れた。へいりんじの正統後継者である、Kさんだ。
彼女は尋常ならぬ神通力の持ち主で、潜在的なゲイを見抜くことができたり、動いている物体を目力だけで緊急停止させたり、他人の頭髪を枯らしたりフサフサにしたりすることができる。なぜそんなチカラが使えるのかというと、昔彼女の先祖が悪鬼をこらしめるために善の精霊と手を結んだからだそうだ。やれやれ、電波過ぎて頭がクラクラしてくるぜ。
「ま、ヒロにゃんくんが寝ている間に説明してましたからね。ヒロにゃんくんの脳みそに届いていないのも無理はありません」
嘲るようにちょうまさんが煽ってくる。この人の尊大な態度にも大分慣れたが、未だ掴みどころのない雰囲気を醸し出し続けている。芸名の由来は超マイペースから取ったらしい。そういえばこの人、髪をばっさり切ったんだな。容姿もすっかり変わって、まるで坊やのようじゃないか。まぁ、10年も経てば、人は大なり小なり心変わりをするものさ。俺は勝手にそう解釈した。
そんなことを考えていると、柵越しにKさんがぬっと近付いてきた。
「じゃあもう一度説明するから、耳の穴かっぽじってよーーーく聴きなさいよー」
「はいはい」
まーた長い話が始まりそうだ。
「お主、この前アップした動画で、自分が誰に似てるって言ってた?」
「えーと……、あぁ、有名スポーツ選手のYに」
「ち が う だ ろ ?」
「えっ」
ブフォっとちょうまさんが噴き出した。よほど俺たちのやり取りが面白いらしい。ちなみにスポーツ選手のYというのは、Kさんが今推してる人物だそうだ。威圧的な表情でKさんが続ける。
「『五輪2連覇で国民栄誉賞を取ったY選手』だろ?」
「は、はい……まあ同じような意味じゃないですか」
俺がそう言うと、Kさんは片方の眉をキッと吊り上げた。
「……で、お主はそれを世間に言いふらしたのよね?恐れ多くも、自分はあのY選手に似てるって」
「まー軽い冗談のつもりだったんですけどねー、ハハハ」
「問題大アリじゃーーー!!!」
あっけらかんとした俺の返事に、とうとうKさんの堪忍袋の緒が切れた!これはマジ(激怒)だ!
「大して似てないくせに!お主のあの発言で、アタシを含めどれだけのY選手のファンが傷ついたと思ってるのよ!ファンの中には、かわいそうに、Y選手とお主の写真を見比べてPTSDになった人までいたんだから!!!」
「普通あんなんで傷つきますかね……ていうか、みなさんあれを間に受けてたんですか?もうちょっとスルースキルを鍛えたほうが良」
「思い上がりにも程があるわよ、ヒロにゃん」
俺の言葉をKさんが遮った。
「Y選手はね、アタシたちファンにとっては限りなく尊い存在なの。Y選手は凡人と比較するレベルを超えた神のごときうんぬんかんぬん」
俺はKさんの言葉を頭の隅に追いやり、しばらく現実逃避していた。
「――つまり、ヒロにゃんくんがネット上でYさんのファンの皆さんたちにとって無礼な発言をしたため、彼女らの怒りを買い、またここにぶち込まれたというわけです」
Kさんのマシンガントークが終わり、それをフォローする形でちょうまさんがまとめてくれた。やれやれ、まったくしょうもない理由で閉じ込められたもんだぜ。
「うーん、でもどうも納得いかないんですよね。俺そんな誹謗中傷まがいのことをしたつもりはないですよ」
「Kさんたちにとっては、Y選手というのは聖域なわけですよ。さしずめヒロにゃんくんはその存在を穢した罪人。だからKさんたちに罰せられても仕方ありません」
このままではまた10年前の悪夢に再突入しそうだ。
「……分かりました!たった今反省しましたから、すぐここから出してください!」
一か八かのハッタリだ。勿論反省する気は毛頭ない。だって俺は何も悪いことをしたわけじゃないからな。しかし意外にも、俺の言葉にKさんが乗ってきた。
「分かった。じゃあクイズを出す。正解したらそこから出してやってもいい」
「本当ですか!?」
するとKさんはニヤリと暗黒微笑を浮かべ、俺に問いかけた。
「自分で似てる言うんだから、Y選手のこと詳しいよね?Y選手が好きなスイーツは?」
……なんだ?なんだなんだ???
スイーツ……そういえばチョコのCMに出てたよな。あっでも少し前にタピオカがブームになってたし……。
「エクレア!!!」
俺は声を張り上げて答えた!Yの好物が何かは知らんが、とりあえずお洒落でキラキラな感じの名前を挙げておけば許してもらえるだろう!
「このバカーーー!!!」
すかさずKさんの怒号が響く。残念、不正解だったようだ……。
「やっぱり何も分かってないね!それとお主、相変わらず態度悪すぎ!服のセンスもダサすぎ!」
「いやこれは部屋着で――」
「しばらくそこで謹慎してなさい!ちょうま、行くよ!」
Kさんは喚き散らすと、足音を立てながら通路の奥へ消えていった。その様子を見届けながら、意地悪な顔でちょうまさんが俺に囁いた。
「今後は己の発言にもっと気を付けて生きましょうネ。ではヒロにゃんくん、おやつをあげますから、しばらくそこで反省していてください。くれぐれもコロニャンウイルスにはご用心をw」
他人事のような笑みを浮かべて、ちょうまさんもKさんと同じ方向へ去っていった。
「あーあ」
完全にしくじった……。
俺はちょうまさんが置いていった、しけったドーナツをかじりながら、とりあえずこれからどうしようか考えることにした。