特命ミッション H.R.J 緑の章



「ところでさっきのクイズ、正解は何だったんですか?」
 寺の地下通路を歩きながら、ちょうまはKに問いかけた。
「プリン。この答えはヒロにゃんの頭の中にはなかったろうね」
 そう答えるとKは、にやりとほくそ笑んだ。
「あいつ最近調子乗り過ぎてるからね。しばらく牢屋に入っててもらいましょ」
「そうですね。先程の会話はこのスマホに録音しましたから、これをネット上に流せば、ヒロにゃんくんのアンチたちもきっと喜ぶことでしょう」
 ちょうまは無邪気な笑みを浮かべながら、手に持っていたスマホを撫でた。
 そんなことを話しながら、二人は寺の坊主たちが待機している部屋の脇を通り、地下通路の突き当りにある、地上へと続く扉を開けた。

 そこに広がっていたのは、見渡す限りの大草原だった!
「ちょ、ここどこよ!?」
 Kは驚いた様子で目を見開いた。そして彼女の後ろからやって来たちょうまは辺りの変化に動きを止め、地平線の彼方まで広がる緑の風景を見て口をぽかんと開けていた。
「ニャァ~」
 突如、Kの背負っていたリュックの中から鳴き声がした。そしてその内側からファスナーが開けられ、中から大きめの猫が出てきた!イワ夫妻からのウイルス調査報告書を届けるために、リリーもまたへいりんじに来ていたのだ。
 リリーは地面に着地すると、辺りに生えている草の匂いをクンクンと嗅ぎ、目を輝かせながら叫んだ。
「ココにおクスリがあるんだゾ!」
「なんと!ではやはり我が家のスパコンの答えは正しかったのか!」
 リリーの言葉にちょうまは納得しながらも、すぐさま疑問を口にした。
「それにしてもここはどこでしょう?小生の知る限り、日本にこんな場所はありませんよ。まるでどこでもワープで異世界にやって来たようだ」
「ちょっとちょっと、なんかいるわよ」
 Kが指し示す方向に1人と1匹が目をやると、そこには顔のついた、小さく丸い物体が佇んでいた。顔の両側についている水かきのようなものが、パタパタと風になびいている。
「なんですかねコイツ。結構ツルツルしてますよ」
 ちょうまがその物体に触ると、それはステンレスをこすったかのような高い音の鳴き声を発した。
「ツ、ツルル~……」
「かわいい~」
 思わずKの顔がほころび、ちょうまも笑みを浮かべた。
「あはは、鳴き声までツルツルだ。そうだ、こいつに名前をつけてあげましょうよ」
「そうね~、それじゃあ、ツルリン!」
「チュルルン!」
 Kの提案に、ツルリンは満足そうな声をあげた。
「気に入ったみたいですね。それにしても、君はここで何をしてたんだい?」
「チュル」
「懐かしいニオイがしたからやって来た、とサ!」
 すかさずリリーが通訳すると、Kは驚きの表情を浮かべた。
「リリー、あなたこの子の言うことが分かるの!?」
「ワガハイは才女なのヨ」
 リリーは胸を張って答えた。
「今からツルちゃんとワガハイはマブダチじゃけぇ、そこんとこヨロシク」
 その時、上空から奇妙な猛禽の鳴き声が響いた。

「カキクケコォーーー!!!」
 その声に驚いたKたちが空を見上げると、そこには異様な姿をした大きな鳥たちが羽ばたいていた!その翼とトサカはナイフのように鋭く、鶏のようなクチバシはギロギロとした不気味な光沢を放っている。
 それだけではない。いつの間にか、大小様々な大きさと色のツルリンたちがKたちの周りを取り囲んでいた。彼らはKたちと会話をしていたツルリンとは異なり、明らかに狂暴そうである。
「悪いやつらの登場ですね」
「こいつらを倒さないと先へ進めないみたいね」
 2人は互いの言葉に頷いたものの、状況は完全に不利だ。ちょうまの特殊能力であるCG(ちょうま・グラフィケーション)は、一時的に空間を捻じ曲げる強力な技だ。その端末と呼ばれるチップは彼の両手首に内蔵されており、それによって電波を操ったり落とし穴などを作ることができるが、その動力となる電気とWi-Fiがなければ、彼のチカラはしゃがんだアヒルも同然である。そんな己の無力さを悟ったちょうまは、Kに強く呼びかけた。
「Kさん、アレやってください!目力で車とか止めるやつ!」
「アレはね、今封印してるの」
 Kは悲しそうな顔をして答えた。
「ほら、アレ使うとカロリーものすごく消費するから、すぐに栄養補給しないと低血糖になっちゃうのよね」
「な、なるほど……小生のおやつはさっきヒロにゃんくんにあげてしまいましたから、今の手持ちはアメとガムしかありませんし……そうだ!リリーちゃんに大きくなってもらって、あいつらを蹴散らしてもらいましょう!」
「パパとママがいないとできねっぺ」
 リリーは即答した。前回の騒動で寺を破壊したリリーの暴走を防ぐために、彼女の体型はイワ夫妻が厳重に管理していたのであった。
 特技を封じられた旧CBメンバー、早くもピンチ!

「よっこいしょ」
 突如、辺りの空間が歪み、強い風が吹いた。その勢いとともに数匹の怪物たちが吹き飛ぶ!
 強風が吹いたのは一瞬で、歪みがおさまった場所から小柄な少女が現れた。
「誰!?」
「わしはとみと申す」
 Kの問いかけにとみはそう名乗ると、丁寧なお辞儀をした。
「なにやら風が騒がしくてな、はてさてと思っていたらこんなところまで来てしもうた」
「とみさんは、小生の15代前のご先祖様です」
 敵に囲まれながらちょうまが語りだした。
「訳あって長生きしているのですが、まさかこんなところまでやって来るとは……」
「ひぇひぇ。ちょうまが世話になっとるようじゃな。ほれちょうま、忘れものじゃ。おやつのポテチ」
 そう言うととみは、ちょうまに袋入りの菓子を手渡した。
「わざわざこれを届けに?あ、ありがとうございます……」
 おやつが補充された。これでKの力を幾らか使えそうだ。

「ねえねえとみさん、なんでワープが使えるの?」
 Kは興味津々な様子でとみに問いかけた。
「なんか天然の能力らしいんですよ。いつ起こせるかは運次第だそうですが」
 とみの代わりにちょうまが答える。
「へー、不思議な人ね」
「さっぱりポンチキやな」
 Kとリリーはそれなりに感心していたが、これに関しては特殊技能集団であるCBメンバーも大概である。
「それだけじゃありませんよ。とみさんは武術の達人。戦国時代では男たちに混ざって大層活躍したそうです」
 ちょうまが誇らしげに語ると、とみは嬉々とした様子で自身の腰と背中に差した刀をKたちに見せた。どちらもよく手入れをされており、切れ味も凄そうだ。
「ちょうまにも一丁やるわい」
 そう言うととみは反対側の腰に指していた拳銃をちょうまに渡した。
「使い方は分かるな?」
「……はいっ!」
 ちょうまは頷くと、すぐさま早撃ちの体勢をとり、襲い掛かってきた巨大な鳥たちに向けて数発の弾丸を発射した!それらはことごとく鳥の急所に命中し、彼らは断末魔の叫びとともに霧となり消えていった。
 それを見ていたリリーは自身の手を舐め、
「しゃあねぇ、久々にワガハイのツメをお見舞いするか」
 リリーは怪物たちの群れに飛び込み、鮮やかな手腕で大立ち回りを始めた!
「……勝てる!!!」
 Kは確信したかのように巨大な悪ツルリンに目を移した。そして意識を集中させると、彼女の顔面は次第に輝き始め、両目から二筋の光線がほとばしった!その直撃を正面から受け、巨大な悪ツルリンは瞬く間に溶けていく。
 そんなKの隙だらけの体勢を、一部の悪ツルリンたちは見逃さなかった。彼らはKのもとに音もなく近づくと、彼女に体当たりをしようとした――その時だ。
 彼女を守るかのように、善のツルリンは悪いツルリンたちに向けて自身の身体を回転させ、高速のタックルを繰り出した!その衝撃に、ボウリングのピンのように次々と倒れる悪ツルリンたち。
 Kたちから少し離れたところでは、悪ツルリンの残党を容赦なく切り伏せているとみの姿が見える。
 そうして幾らも経たないうちに、悪ツルリンの群れはすっかり片付き、戦いの痕跡は跡形もなく消えていた。


「なんとか追い払えましたね」
 銃に弾を込めながらちょうまが言った。
「これからどうしよっか?」
 Kがおやつを食べながら一同に問いかけると、リリーが遠くを指差し、大きな声で叫んだ。
「あそこにお城があるゾ!」
 いつの間にか、草原の先に林に囲まれた古城が出現していた。それは何世紀も前から存在していたと思わせるかのような、西洋風の外観をしていた。とみが感嘆の声を漏らす。
「立派なお城じゃのう」
「とりあえずあそこ行ってみよっか?」
「そうですね。あそこに行けば特効薬の手がかりが掴めるかもしれません」
 ちょうまは銃を腰のホルスターにしまうと、目を輝かせた。
「久々の非日常……すごくワクワクする!!!」


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