特命ミッション H.R.J 彷の章2



「待ってください狂壱さん!」
「なんだ、またお腹が空いたのかい?」
 少し前に俺を牢屋から助け出してくれた狂壱さんは若干困った表情で、後ろを歩いていた俺のほうを振り向いた。
「いえ、さっき頂いたカンパンはまだ持ってますけど……、そもそもここは一体どこなんですか!?」
 トイレから戻った瞬間、俺たちは見知らぬレンガ造りの建物の中に瞬間移動していた。あの寺を出られたのはラッキーだったが、今度はどこの国かもわからないところへ来てしまった。しかも何の説明もなしに、だ。どこを見ているか分からない目をしながら狂壱さんが答える。
「あぁ、ずっと黙ってて悪かったね。この城は今は僕が所有しているんだ。かなりの訳アリ物件でね。不動産屋から、タダ同然で譲ってもらったんだ」
「そうだったんですか。けど、なんで俺たちはいきなりここに移動したんですか?」
「君も有名人なら、この名前を聞いたことがあるだろう。――闇の経営者軍団」
「なんですかその厨二病的な名前のグループ」
「ご存知ない?君もまだまだだね」
 俺の返答に、狂壱さんは嘲るような笑みを作ると、急に真剣な顔になった。
「僕はそのメンバーの一員だ。このコロニャン禍で今後絶対的な存在――いわば神となり得る資質を持った者たちが集う社交場――それが闇の経営者軍団だ」
 彼は俺のほうを真っ直ぐに見ながら、その赤い瞳を瞬き一つさせずに淡々と話した。この人結構ヤバイ人なんじゃないか???俺はそう感じ始めた。そんな心境の変化を極力悟られないよう、俺は会話を続ける努力をした。
「へ、へぇ……。で、その軍団が俺を必要としている、ということですか?」
「察しがいいね。ここへの瞬間移動も我々の組織が開発したテクノロジーによるものだ。君だけを連れてくるつもりが、どうやらエラーで他の人も巻き込んでしまったようだけれど」
 そこまで言うと狂壱さんは、通路の奥に目をやるよう俺に促した。
「ところで君は、ヒーローになりたくないか?向こうの突き当たりにある部屋……実はあそこにコロニャンウイルスの特効薬があるんだよ。つい先日、開発に成功してね」
 俺は驚愕した。世界中の学者や研究者がこぞって開発を急いでいるものの、未だ完成の報告のないあの薬が?さらに狂壱さんが続ける。
「君がその薬を発見したと世間に公表すれば、君はたちまち時の人だ。いいや、ノーベル賞も夢ではない。君は新世界の神の一員となり、世界の人々を平和に導く。どうだい、想像しただけでゾクゾクするだろう?」
 いつの間にか接近してきた狂壱さんが、俺の耳元でゆっくりと囁く。頭がチカチカする。まるで脳みその中にある無数のスイッチを勝手にいじられているようだ。
 この俺に、さらなる地位と名声が……!?

「ちょっと待ってください」
 俺は狂壱さんの言葉に疑問を感じ、彼の誘いを跳ね除けるかのように数歩後ずさった。すぐに頭の中の点滅が和らいでいく。やはりこの人、何かがおかしいぞ!
 俺は呼吸を整えると、勇気を振り絞り反論した。
「言葉はアレですが……まさか俺を人柱にする気じゃありませんか?」
「と言うと?」
「特効薬が必ず効く保証なんてどこにもないと思います。俺を広告塔にして、うまくいかなかった場合、みんなの未来はどうなります?」
「……思ったよりも賢い男だ、君は」
 狂壱さんが低く笑った瞬間、俺の身体は急激なだるさを感じ床に崩れ落ちた。
「な!?これは――」
「今、君の腕に注射をした。喜びたまえ、それはコロニャンウイルスのワクチンだ。まだ治験中だが、即効性に優れている。全然痛くなかっただろう?」
 そう言うと狂壱さんは手に持っていた小さな注射器を見せた。さっき彼が接近してきたのは、俺にこれを打つためだったのか!?しかし何のために???
「ただし副作用として、全身の倦怠感や発熱、関節痛、心筋炎、一定期間経過後に自然免疫の低下、そして――」
 彼の言葉を聞き終えるまえに、俺の頭はぼんやりしてきた。心なしか胸もズキズキする。ダメだ、もう意識を保っていられない――


 ヒロにゃんが狂壱によって一服盛られている頃、Kたちは着々と城の探索を進めていた。
 城は中庭を中心として幾つかの棟に分かれており、それらを繋ぐ通路を一同は歩いていた。と、何かを察知したKが叫んだ。
「この先は……キッチンね!」
「どうしてそんなことが分かるんですか、Kさん!?」
 ちょうまの問いかけに、Kは前を向いたまま答えた。
「アタシの予知能力!」
 そして彼女は走り出し、通路の先にある扉の1つを開けた。
「ほら、当たったわ」
 一同がその部屋の中に入ると、そこには確かに調理台や食器棚、大きなオーブンなどが設置されていた。まさかの予言的中に、ノアとちょうまが目を輝かせる。
「Kすごい!明日のトロくじの当選番号も当ててよ!」
「明日の株価はどうですか!?どの銘柄を買えばいいですかね!?!?!?」
「だぁーーー!そんなんできたらとっくにやっとるわ!!!」
 Kは彼女たちを一喝すると、沢山の調味料が置かれた棚の前に行き、その隣の鍵ケースに手を伸ばした。そしてそこから金色の鍵をひとつ取り出す。
「精霊が教えてくれたの。この鍵が何なのかは知らないけど、きっと役に立つはずだわ」
 そう言うと彼女は、その鍵をリュックの中に入れた。
「美味そうな缶詰めがあるゾ!」
 部屋の隅では、リリーとツルリンが棚の中から食料を物色していた。
「サバ!トリ!キャビア!」
「チュル!ジュルル!チュ!」
「おぉ、本当じゃ!ちっと頂いていくかのう」
 とみは持っていた小刀で器用に缶を開けると、近くの食器棚からフォークを取り出し、それを一同に配った。
「これ賞味期限大丈夫?」
 心配そうにノアが呟くと、ちょうまが缶を持ち上げてそれを眺め回しながら答えた。
「最近補充したようですよ。ほら、まだ3年も余裕がある」
「じゃあやっぱり誰かが住んでるのね、ここ」
 早くも2缶目を消費したKが言った。
「夕暮れまでに城主を探して、今日はここに泊めてもらいましょ」

 腹ごしらえをした一同が再び通路を歩いていると、突如周囲から多数のうなり声が聞こえてきた。それにいち早く反応したツルリンが勢いよく飛び上がると、次の瞬間、彼は鈍い音とともに床に倒れ落ちた!
「うそ!?ツルリン!!!」
 心配そうな表情でツルリンに駆け寄るK。
「チュ……ル……」
「よかった、生きてる……」
「その子はおまえさんをかばってくれたようじゃの」
 腰の刀を抜きながらとみが言った。
「そんな……アタシのために?」
 とみは頷くと、近くにある柱の陰に目を向けた。
「そこに何かおるな。気を付けなされよ」
 柱の陰では、ツルリンに邪魔をされた何者かが再び攻撃の用意をしている。それだけではない。いつの間にか四方八方から、青や緑などの肌色をした人々が一同を取り囲み始めていた!彼らは腕に目が生えていたり、体の一部が飛び出していたりと、人ならざる様相で一同に迫り来る。
「おいコラなんだテメーらコラ」
 リリーがフーッと全身の毛を逆立てた。その隣で、異形の集団に驚きを隠せない様子でノアが叫んだ。
「こ、こいつら!まるでホラー映画に出てくるアレだ!」
「……ダル」
「ん!?」
「……キン……メ……ダル…………ヨコ・セッ…………ヒヒヒヒヒヒ!!!」
 赤いドレスを着た緑色の怪物は顎の外れた口で不気味に笑うと、首を左右に振りながら一同に迫って来た!とっさに身をかわすノア。
「――推しが何年経ってもトップランカーになれず、邪魔なチャンピオンを蹴落とそうとあらゆる手を尽くした結果、うまくいかずにとうとう発狂しちゃった人たちのようね」
 Kが静かに続けた。
「そんな人々の怨嗟が、死してなおその身体を動かし続けてるのよ……って、今精霊が教えてくれたわ」
「なんなんですかそのポッと出の能力。そんなミーハーな事情まで分かるんですかw」
 ちょうまはニヒルな笑みを浮かべつつ、銃口をゾンビたちに向けた。
「あいにく銀の弾丸はありませんが、化け物退治ならサバゲーでシミュレーションの経験がありますから、お任せください!」

 ちょうまが発砲した瞬間、柱の陰のゾンビもまた、再び何かを飛ばしてきた。とみは超人的な速さでそれを真っ二つに斬ると、動きを止めることなく流れるような太刀さばきで周囲のゾンビたちを圧倒していった!
 一方ノアは、自身にまとわりつこうとするゾンビたちを払うと、柱を思い切り駆け上がり、空中で一回転しながら手近な標的の顔面に上から蹴りを入れた。そして倒れ込んだそいつの両足をがっしりと掴むと、まるで大剣のように持ち上げてグルグルと回転し、怒号とともに周囲の標的を次々となぎ倒していく!!!
「成仏しろおおおぉぉぉあぁぁぁ!!!」
「あれがジャイアントスイング……」
 冷や汗を垂らしながら、ちょうまはその様子を凝視していた。
 ――あんなもん食らったら確実に終わる。


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