一同の制裁によって、その場にいたゾンビ達は全員浄化された。動きを停止した彼らは光の粒子となり、音もなく大気中に消えていった。
「なんだったのあいつら……」
「どうやら、コロニャンウイルスの犠牲者のようですね」
Kの疑問にちょうまが答えた。
「ほぼ全員、髪の生え際が後退していたので間違いありません。病院が遠すぎて行くことができず、城の中で力尽きた挙句に、運悪く悪霊に憑りつかれてアンデッドになってしまったのでしょう」
「むごい」
とみは目を落とし、両手を合わせて死者を弔った。
「この先、こんな相手がまた出てくるかもしれません。ちょっと皆さんに感染防止対策を施させてもらいますよ」
そう呼びかけるとちょうまは、胸の辺りにつけていたキーホルダーを外し、K達の頭上にかざした。
「政治家の****さんから流してもらった、ハイパー迅速検査装置です。すぐにもらったウイルスであっても、数秒で結果が分かります」
キーホルダーは白色に輝いた。どうやら全員陰性のようだ。
「あれだけ接触してバトルしたにもかかわらず、感染者が0ってのはすごいわね」
「やっぱわたしたち『持ってる』んだよ!」
Kとノアは口々に言った。次にちょうまは、ポケットからトローチ状の錠剤を取り出して一同に配布した。
「これも特殊なルートで入手した、上級国民専用ワクチンです。効果は1日も保ちませんが、これをなめておけば半日間は確実にコロニャンウイルスにかかりません」
「なんでちょうまはこんな便利なものいっぱい持ってんのよ。てか、そんなのあったんならもう少し早く出しなさいよ」
「すみません、こうなるとは予測していなかったので……まぁ、小生の一族には強力なコネがありますから」
「そういえばそうだったね!前にKから聞いたよ、ちょうまはVIPだって!」
「おい、ツルちゃんどうするよ?」
リリーが一同に問いかけると、Kはツルリンを両手で優しく抱え持った。
「アタシが連れていくわ」
その様子を見ていたちょうまがいきなり爆笑した。
「なんかそういう持ち方してると、漬物石を大切に抱いてるみたいwww」
「うるさーーーい」
Kはツルリンをギュッと抱きしめると、前を向いて一同に力強く呼びかけた。
「ほら、次の部屋行くよ!」
それから数十分後。
一同は城の探索をあらかた終え、とうとう最後の部屋に足を踏み入れていた。何十人もの人が踊れるほどのダンスホール。華美なデザインの天井画と、その中央から垂らされたシャンデリアの輝き。開け放された窓の外には、美しい夕日が遠くに見える。
「結局化け物以外は誰も見つからなかったわね」
「そうですね。今夜は中庭でキャンプでもしましょうか。城キャンプ、滅多に味わえない経験だ!」
「さっきの缶詰、無断で食べちゃったけどよかったのかしら?」
「まぁ相応のお金を置いておけば大丈夫でしょう。あ、困ったな!現金がないぞ!」
Kとちょうまがそんなことを話していると、辺りをうかがっていたノアが窓際の存在に気付いた。
「あれ?あそこに誰かいるよ!」
そこに佇んでいたのは、黒い大礼服に身を包んだ黒髪の人物だった。
「僕の別荘へようこそ」
そう言うと彼は芝居がかったお辞儀をした。彼の手にはまった真っ赤な手袋が、日没の光を受けて怪しく輝く。
「誰だ、オメー」
リリーが彼に問いかけた。と、その後ろでちょうまが驚いたように口をあんぐりとさせた。
「に……兄さん!!!」
「兄さん!?」
Kとノアとリリーが一斉に驚いた。その瞬間、とみもまたハッとした表情を浮かべたが、すぐ真顔に戻ると、目の前にいる青白い肌の青年の顔をまじまじと凝視した。
驚きと悲しみの入り混じった瞳でちょうまが語り出す。
「そう、あの人は小生の異母兄です。ハンドルネームは狂壱。兄さんには経営のノウハウがあるので、KさんたちがいなくなったCB劇場の管理を一任させていたのですが、ある日を境に頭のネジが吹っ飛んでしまって――」
嗚咽を堪えながらちょうまが続ける。
「もとは優しく温厚で、仲間からはボスなどと呼ばれて慕われていた兄さんでしたが、頭のネジが外れてからは、出会い系で知り合った人をさらっては改造して、自分の手元に永久保存するという奇行を繰り返すようになり――」
「改造!?永久保存!?」
ノアの驚きにちょうまは頷いた。
「そうです。兄さんの趣味は人形いじり。あえてそれ以上はここでは言いませんが……そうこうしているうちに、とうとう身内である小生にも手を出そうとしたので、5年前に親族によってシベリア送りにされていたはず――」
「今さらっとえげつないこと言ったわね」
Kが眉をひそめた。
「あなたの家系、面白い人たちばっかり。いったいどうなってるのよ?」
「Kさん、帰ったらじっくりと家系図お見せしますから楽しみにしていてください。とにかく……そんな兄さんがなぜここに?また何かおぞましいことを企んでいるのですか?」
「シノブ、お前こそまた世界征服をしようとしているね?」
狂壱はちょうまの問いかけには答えず、異母妹に対して諭すように語りかけた。
「そんな野蛮なことをお前がやる必要はない。世界征服など兄さんの部下に任せて、この別荘で一緒に楽しく暮らそう」
「なんか言ってることが微妙におかしいわよ」
「ヤバイオーラがプンプンするよ!ていうかシノブって誰!?」
「小生の本名です。お二人のご指摘の通り、それが兄さんの恐ろしいところ――」
ちょうまが全てを言い終える前に、狂壱は音もなくちょうまの目の前に移動し、その肩を片手で掴んだ。傍目には自然に見えても、ちょうまにとっては万力に挟み付けられたかのような衝撃だ。たまらず小さな悲鳴をあげるちょうま。その様子を見ながらサディスティックに口元をほころばせて狂壱が語りかける。
「兄さんのもとに戻ってくれば、お前が請求されている賠償金を全部兄さんが支払ってあげよう」
「!?」
「それに、そこのお嬢さん方。あなた方にも今後、充分な金銭的援助を一生にわたり世話して差し上げよう」
「!?!?!?」
Kたちの狼狽する様子を眺めまわすと、彼は再び腕の中のちょうまに視線を移し、肉親の耳元で穏やかに囁いた。
「僕は嘘はつかないよ、シノブ。お前の少しの勇気で皆が救われるんだ。さあ、返事をしてくれるかな?もしノーと答えたら……後は分かるね?」
ちょうまの心がざわついた。同時に、5年前の兄との狂おしい思い出が蘇る。それは口に入れたら咀嚼せざるを得ない禁断の果実のように、むせかえるほどに甘く、ちょうまの脳髄をゆっくりと侵略していくチカラを持っていた――
その時、狂壱に向けて何かが放たれた。それに気付いた彼はすぐさまそれを両手で受け止めた。
それはキッチンにあった2つのフォークだった。そしてそれを投げたのは――
「いかんぞ、お前さん方。あの目は何かおかしなことを考えておる」
今まで黙っていたとみが、離脱しかけていた一同の精神を繋ぎ止めた。
肩の拘束が解かれたちょうまは、苦しげな表情で狂壱から距離を取り、とみに礼を述べた。
「ありがとうございます、とみさん。あのまま掴まれていたら、肩がぶっ壊れるところでした」
その言葉を聞いた狂壱は一同を舐めるように凝視すると、
「僕が、そんなこと、するわけないじゃないか」
と、両手に持っていたフォークをゆっくりと粉砕して見せた。
「いやいやいやいややってるし!」
「芸達者な人ね。アタシの目力は防げるかしら?ねえ試してみる?」
「ばっち来いやあぁァ」
女子二人(と1匹)が勢いづき、戦闘態勢をとる。どうやら彼女たちは、彼のことを完全に危険人物とみなしたようだ。その様子を宣戦布告とみたか、狂壱は病的な笑みを浮かべた。
「今まで君たちのことは取るに足らないと思っていたが、早急に始末をつけたほうがよさそうだ。そのあとにちょうま、今度こそお前を特別仕様に改造してやろう」
まず動いたのはちょうまだった。
「たとえ兄さんといえど容赦はしませんよ!」
ちょうまはまだ回復しきっていない利き腕とは反対側の腕で銃を持つと、狂壱に向かって3発発砲した。彼はそれらを片手で、指と指の間ですんなりと受け止めると、部屋の端に向けてそれらを投げ捨てた。
「家具にキズを付けないでもらえるか?シノブ。それに、下手をしたらこいつも消えてなくなるぞ」
狂壱は冷淡に言い放つと、ジャケットの内ポケットから5センチほどの小瓶を取り出した。
「それってもしかして!」
「お察しの通り、君たちが探しているモノだ」
ノアの言葉に狂壱は頷くと、その小瓶をわずかに外から見えるようにして、再びジャケットにしまった。
「こいつを取るか、僕を転ばせたら君たちの勝ちだ。さあ、おいで」