「見たこともないニク!ウマイ!!!」
「リリーちゃん、アタシよりも胃袋大きいんじゃない!?ちょっと食べ過ぎよ。お腹裂けちゃうわよ」
「まあまあ、みんなそれだけお腹が空いてたってことですよ。ほら、ツルリンもガンガン食べてますよ。よかったじゃないですか」
「ムシャムシャムシャ……」
狂壱の使用人に食事を用意してもらった一同は、広いダイニングテーブルを囲んで夕食を楽しんでいた。
「こういうとこで食事するの初めてだから、どうしたらいいか分からないよ」
ショックから回復したノアが困惑した表情を浮かべる。すると隣に座っていたとみが、目の前に並べられた食器を指差しながら言った。
「なぁに、てきとうにこれらを使って、いつも通りにしておけばよいのじゃ」
「そっかぁ。じゃ、さっき食べ損ねたやついただきまーす!」
ノアは嬉しそうに、キャビアの盛られた皿にスプーンを突っ込んだ。
「う~ん、プチプチ~!」
「元気になってよかったわねぇ、ノア」
「え!?わたしどうかしてた???」
「……なんでもないわ」
どうやらノアは、狂壱に接吻された前後の記憶を、あまりのショックのためか忘れてしまったようだ。トラウマにならなくてよかったわね――と、Kは心の中で安堵した。
「それで兄さん、さっきの話ですが……」
と、ちょうまは先程狂壱から入手した特効薬をテーブルの上に置いた。
「これ、もっと沢山ありませんか?」
「TOKYOにいる仲間のところに全て送ったから、ここにはもうないよ。それにそれは試作品だから、本当に効くかどうかもまだ分からない」
「えー!!!」
「ここまで来たのはなんだったのよ……」
ノアとKは残念そうな顔をした。
「まぁ続きを聞きたまえ。君たちは、闇の経営者軍団というものを知っているかい?」
「聞いたことないわね」
「なにそれ。どこかの反社?」
「ふふっ、あんなゴミ共とは全然違うよ。僕ら、すなわち闇の経営者軍団は、あの〇ル・ゲ〇ツと肩を並べるほどのマネジメント能力を持つスーパーエリートの集まりなんだ」
「まぁただのSNS上の1グループに過ぎないんですけどね!小生も一時そこに入ってたことがありますが、癖の強い暇人が集まってるだけの」
「シノブ、それ以上はいけない」
ちょうまの言葉を狂壱が静止した。
「ともかく、そのグループのお陰で僕はシベリアで生き延びることができ、こうして君たちと話をしているわけだ」
彼はそこまで話すと一旦言葉を切り、女性陣に向かって微笑んだ。
「僕が見たところ、君たちは強く、賢く、美しい。そこでどうだい?君たちも僕らのメンバーに加わり、新時代の幕開けを一緒に見届けないか?当軍団は、すでに若年層を中心として、これから入団予定の者も含めておよそ10万人のネットワークを見込んでいる。勿論、ウイルスの脅威からは100%保護させてもらおう」
「う~ん」
Kとノアは困った顔をした。するととみが静かな声で、
「断る」
と、きっぱりと言い放った。
「お前さん、余程人付き合いで苦労しているようじゃな。顔にたらしの相がクッキリと出ておるぞ」
「……!」
狂壱は目を丸くしてとみを凝視した。
「金や権力で人の心は買えぬ。何年か修行して、もっと世間を勉強せいよ」
「……はい」
とみの気迫に押された彼は小さく返事をした。
「あぁスッキリした!とみさんにガツンと言われた時のあいつの顔、見た?」
「あ~……、けどちょ~っと惜しかったわねぇ。生涯世話してもらえたかもしれないのに」
「いや、その話にはむしろ乗らなくてよかったと思いますよ。兄さん、どさくさに紛れて変な契約を結ばせるのが得意ですから」
「なにその闇ビジネス……」
夕食を済ませた一同は、割り当てられた寝室の一室に集まって話をしていた。すでにリリーとツルリンは腹が膨れて満足し、自室でいびきをかきながら寝ている。棚の上の置き時計を見ながらKが言った。
「まだ寝るには少し早いわね」
「そだね。……あ!ねね、また城の中を探検しようよ!」
「面白そうですね!」
ノアの提案に、Kとノアは頷いた。
「他に回りきれてないところあったっけ?」
「え~と、中庭付近にぽつぽつ残っていたような……ほら、途中で変なやつらが出てきちゃいましたから」
「それで見逃してたってわけね」
「じゃあ早速行こうよ!とみさんはどうする?」
「わしはここで猫ちゃんたちとオネンネしとるよ」
「あはは、とみさんは猫が大好きですものね」
「とみさんが荷物の番をしてくれるんなら安心ね」
3人は部屋の扉をゆっくりと開けて廊下に誰もいないことを確かめると、中庭へと向かって行った。
3人は昼間に入り損ねた部屋を何か所か回ったが、特に目ぼしいものは見つからず、若干テンションが落ちかけていた。
「どうでもいいけど、この城、空き部屋多くない?」
「きっとお手伝いさんが少ないんだよ」
「この規模の城で使用人が5人未満とか、かなりブラックな職場な気がするんですけど……」
そんなことを話しながら、一同は中庭の周囲に広がる回廊を歩いていた。外壁にかけられた松明の灯りが彼女たちの行く先を照らし出す。中庭の中央にある噴水の直線上まで一同が来た時であった。突如ノアが立ち止まり、
「ここの壁、おかしいよ!」
と、彼女は回廊の壁を指差した。そこにちょうまが触れてみると、確かにその部分だけ微妙に材質が異なっているようだった。しかも壁の目立たない部分には、何やら不自然な穴まである。
「ん?これってもしかして……」
「――これの出番のようね」
スッと、Kがポケットから鍵を取り出した。それは昼間キッチンで入手した金色の鍵であった。ちょうまはそれを受け取ると、鍵穴らしきところにそれを差し込み回した。
壁は想像よりも小さな音を立て、扉のように開いた。
「隠し部屋……!」
「やだ、ドキドキする!」
「明かりは大丈夫ですかね?とりあえず、これ持っていきましょう」
と、ちょうまは近くの壁にかけてあった松明を取り、2人の先頭に立ってその中へ入っていった。
「それにしてもノア、よくここに気付いたわね」
「たまたま壁を触りながら歩いてたらさ、違和感を覚えて」
「すごい皮膚感覚ですね。超人コンテストに応募してみたらどうですか?w」
「昔から体を動かすことは好きだったからね。それで鍛えられたのかも」
横幅80センチほどの螺旋階段を一同は降りていく。時折鳴る夜風の音が不気味さを醸し出す。地下2階ほどの深さまで到達したとき螺旋階段は終わり、中心に向かって幾つかの段差で構成された広い部屋に出た。茶色い土壁が剥き出しの壁には、そこかしこに不思議な球体状の明かりが灯っている。
「なにここ」
「食料の貯蔵庫?ですかね……。それにしては変わった造りな気もしますが」
「うう、ちょっと涼しいね」
ノアは自身の腕を軽くさすった。ここは地下なので、地上とは数℃の気温差がある。と、Kが奇妙なものに気付いた。向かい側の壁のくぼみに規則的に並べられている幾つもの黒く長い箱――
「あれってまさか……」
「そのまさかだ」
聞き覚えのある声に、一同は部屋の一番低いところに座っている人物に注目した。
「なぜここが?まぁそんなことはどうでもいい」
「兄さんこそなぜこんなところに……」
「人形のメンテナンスだ」
そう答えると狂壱は、自身が座っていた箱の蓋をずらした。
そこに入っていたのは、美しい顔をした少女の人形だった。狂壱が解説をする。
「最新のAIによる、機械仕掛けのチルドレン(子供)だ。メイド型、恋人型……他にも何種類かある。さっきも見ただろう?」
そう、あの広間でとみにまとわりついていた子供たちは、かりそめの命を与えられた生き人形だったのだ。
「兄さん、寂しさを拗らせてとうとうこんなものまで作るようになったんですか」
「これはビジネスの一環だ。アフターコロニャンでの需要はきっと増えるだろう。いずれはきちんと規格統一をして販売するつもりだ。確かにその副産物はあちこちにあるが、これは今語ることじゃない」
そう言うと狂壱は微笑んだ。
「一ついかがかな?なかなか楽しいぞ」
「あんたの手垢がいっぱいついてそうだからやめとくよ」
ノアは若干引いた様子で一蹴した。
「それは残念だ。ではもっと興味深いものをお見せしよう」
そう言うと狂壱は、軽く手を上げた。すると部屋の中央に大きな歪みが現れ、その先には大都会TOKYOの夜景が映し出された!人形の髪を撫でながら狂壱が説明する。
「ここに入ればTOKYOに集団移動できる。例の薬にも追い付けるだろう」
歪みの奥に映る光景を眺めながら、ちょうまはふと疑問に思ったことを口にした。
「なぜ兄さんはここまで小生たちに手を貸してくれるのですか?」
「僕の不注意で、お前たちをここへ呼び寄せてしまった。そのお詫びというやつかな。だが次はないぞ」
彼の最後の一言には、棘を含んだ凄みのようなものが感じられた。そこでKがいよいよ限界といった様子で彼に話しかけた。
「悪いけど眠くなってきたわ。出発は明日の朝にしてくれないかしら?」
「勿論」
狂壱は頷いた。
「そのために君たちに部屋を用意した」