風の音が聞こえる部屋のベッドの上で、俺は目を覚ました。
まだ少し頭が重いが、熱にうなされたような不快感は抜けている。ここはどこだ?俺は狂壱さんによって変な注射を打たれ、気絶したはずだ。
「おはようヒロにゃん」
突如、俺の頭上で色っぽい声がした。腹のあたりを見ると、そこにはわずかな腰布だけを巻き付けた、オレンジ色のおかっぱヘアの女性が馬乗りになっていた。その肌は日サロにでも通っているのだろうか、深い小麦色をしている。
「あ、あなたは」
「まあ、赤くなっちゃって、かわいい」
女性は俺の質問に答えず、ヒンヤリとした手で俺の身体をサワサワと撫でた。うう、寝起き早々、なかなかヘビーな展開だぜ。
「アナタがテレビでそんな顔をしているのは見たことがないわ。だって今アナタは、ワタクシと二人っきりですものね」
風の音と感じていたのは、どうやらさざ波の音のようだ。ということはここは海の側か?俺は誘惑に耐えながら窓の外を見た。――眩しいほどの夜景。どうやら俺は、TOKYOの湾岸エリアにある、とある一室に運ばれたらしい。
「そうだ!俺は、ワクチンを打たれた――」
「そうね。アレには色々なモノが入っているけれど、運よくアナタの身体に合ったみたい。生き返ってくれてありがとう」
そう言うと女性は、俺の頬に優しくキスをした。彼女の言ってることに関しては意味が分からないが、どうやら俺は最悪の事態を免れたらしい。
「ワタクシたちはね」
なおも全身をこすりつけながら女性が語りかけてくる。
「この世界を、争いのない、誰もが平和に暮らせる社会に創り変えたいと思っているの。ヒロにゃんからはとても強い、明るいエネルギーを感じるわ」
「言うほどそうですかね……」
酒に料理に行楽三昧の、俗世にどっぷり浸かってる俺からそんなオーラが?すると女性はいきなり俺の耳たぶを噛み、
「そういうところがとても人間的で……ステキ」
そして俺のある部分を集中攻撃した。
「ウゥッ」
ここで俺は我慢できずに漏らしてしまった。こ、こんな大胆なテクを使うなんて、この人は一体……?
「アナタの、その太陽のような心の輝きが必要なの。ワタクシたちを助けてくれないかしら?もし助けてくれるなら、アナタの願いを何でも叶えてあげるわ。フフッ、今1つ叶えてあげたわよ、ネ?」
そう言うと女性は、俺の身体を撫でていた指を、これ見よがしにしゃぶって見せた。まるで獲物を取り込む蛇のような姿だ。
「するとつまり……世界中に蔓延しているコロニャンウイルスも綺麗さっぱり消すことができる、ってことですか!?」
「あなたがその気になってさえくれればね」
猫なで声で女性が問いかける。
「さあ、どうする?」
「――俺の力、役立ててください!」
完全にスッキリした俺は、力強くそう答えた。すると女性はとても嬉しそうな顔をして、
「ありがとう、ヒロにゃん。アナタならそう言ってくれると信じてたわ。さあ、では早速……」
ごくりと唾を飲み込む俺。ま、まさかこれ以上に素晴らしいことを……?いやいや、そうじゃなくて、俺はこれから世界を救うんだ!いやらしい妄想を振り払うかのように、俺は何度もまばたきをした。
すると女性は俺の上から立ち上がると、自身の首につけていた小さな防犯ブザーらしきもののスイッチを押した。たちまち部屋に何名かの屈強な男たちが入ってきた!
「え?え???」
呆気に取られている俺の周りを男たちは囲むと、俺の身体から乱暴に服を剥がし、全裸になった俺の身体に、白い拘束具のようなものをつけた。何度かカチッカチッという音がして、全身の仕上げが終わった頃には、俺は恥ずかしい格好に着替えさせられていた。
こ、これはまるで、へいりんじのゲイボーズたちが袈裟の下に着ているような服じゃないか!?いや、もはや服と呼べるのかこれ?
「すっかりスターの格好ね」
その一部始終をスマホで撮影していた女性は嬉しそうな声をあげた。
「ワタクシたちに逆らったら、この動画をゴシップ会社に流しちゃうから、覚えておきなさいね。そしてこれも――」
彼女は楽しそうに、隣のテーブルに置いてあった小瓶を手に取った。
「これはワクチンの副作用を抑えるための薬。アナタの症状がよくなったのも、この薬のお陰。ウフフ、この薬がなければアナタは……」
「ど、どうなってしまうんですか!?」
「まず髪の毛が抜けて、次に頭がパーになって、楽しいこと以外考えられなくなって……ワタクシたちの、奴隷に――」
そう囁きながら再び女性が近づいてくる。俺は逃げようとしたが、拘束具の影響か、手足がまったく動かせない。
「――生贄に、なるの」
女性の目がカッと光った瞬間、俺の視界は再び塞がれた。
あれから一夜明け、Kたち一同は狂壱の協力によってTOKYOに到着していた。
「コロニャン緊急事態宣言じゃなければ、ゆっくり観光したいのにぃ」
道路の向こう側に広がる海を眺めながらKがため息を漏らす。
「そうだねぇ。早く特効薬を広めて、前と同じ生活を取り戻そう!」
「そうじゃな。わしは病気は平気だけども、来年こそはみんなとお花見をしたいぞい」
ノアととみが頷いた。
「それで兄さんによると、ここに薬が届けられているそうなんですよ」
スマホで位置情報を確認していたちょうまが、目の前のビルを指差して一同に説明した。
「幾つかサンプルを譲ってもらえれば、あとは小生のコネでそれらを比較して研究開発ができます。幸いにもここのオーナーは小生の知り合いですから、きっとうまくいくでしょう」
「VIP特権使いまくりやな。ていうかワガハイは猫やし、ツルちゃんは石みたいやけど、ここ入ってええの?」
「その辺も任せてください。いざとなったらCGもありますし、なんとかかけ合ってみせますよ」
リリーの疑問に彼は自信たっぷりに答えると、ゆっくりと回転ドアを開け、中に入って行った。
それから数十分が経過した。
「ちょうまどうしたのかしら」
ビルの階上を眺めながらKが呟いた。
「追いかける?どこかでもたついてるのかも」
「せやな」
ノアの提案に一同は頷いた。すぐさま彼女たちは回転ドアを開け、建物の中へ入っていく――その時だ。
「ショウショウお待ちくだサァイ」
「うわっ」
突如、鎧武者の格好をしたガードマンに行く手を阻まれた。
「身分証かIDカードはゴザイマスカ?」
「そんなものはない」
とみはきっぱりと答えると、鎧武者の脇を抜け、ぐいぐいと中へ入って行こうとした。さすがにその様子を見かねたKが止める。
「と、とみさん。討ち入りじゃないんだから、もう少し大人しくしたほうが……」
「警察に連絡シマス」
「お待ちなさい」
ガードマンの言葉を打ち消すかのように、艶やかな声がフロアに響いた。一同がその声のほうを見ると、正面の階段から一人の女性が降りてきた。小麦色の肌をした、黄色いスーツの女性だ。
「ワタクシは、ここのオーナーの細田と申します」
「コンニチワ!」
「チュチュッチュ!」
リリーとツルリンが元気よく返事をした。
「あの、アタシたちの友達のちょうまって人が、ここにお邪魔してると思うのですが」
「ああ、あの方ね」
Kの問いかけに細田は微笑んだ。
「あの方でしたら、奥のお部屋でお話を受けております。上の階の窓からアナタ方が見えましたもので、ワタクシ様子を見に来ましたのよ」
「よければアタシたちも一緒に……」
「ええ、丁度そのためにお呼びしようと思っておりましたの。ではご案内しますわ。ついていらして」
そう言うと細田は形の良い唇を弓なりに曲げ、彼女たちを階上へと導いた。