細田によって応接室に通された一同は、そこで待っていた展開に驚きを隠せなかった。
そこには武装した守衛たちが配置され、彼らによって手かせと足かせをつけられたちょうまが豪華なソファに座らされていた。
「すみません……捕まっちゃいました」
口までもが封じられていなかったのが幸いだ。だがこの手かせには、ちょうまのCGを封じるためのジャミング機能が備わっていた。彼は申し訳なさそうに謝ると、後ろ手に拘束された両手を悔しそうに握りしめた。細田は近くのデスクから例の小瓶を取り出し、
「この薬の存在を知ってしまった方々は、タダでは返すなと、あるお方に言われております」
と、一同を猛禽類のような瞳で見つめながら言った。
「まさかトップの顔が変わっていたなんて思いもしませんでした。ここの社長はとっても良い方だったのに」
「あら、それではまるで、ワタクシが酷い女のようではありませんか?」
ちょうまの雑言に、細田は涼しい顔で返した。
「ワタクシは何もしていません。前のオーナーはたまたま、コロニャンウイルスでコロッと逝ってしまわれただけ」
「あやしいゾ」
リリーがぽつりと呟いた。
「このオンナ、クサイゾ」
「まあ!お喋りな猫ちゃんね」
細田はリリーを見るとぱっと顔を輝かせた。すると突然、
「細田先輩!」
ノアが細田に向かって呼びかけた。
「先輩!?」
驚くKたち。
「……プロレスを始める前のことだよ」
ノアは遠い目をして語り始めた。
わたしはある派遣会社で働いていたんだ。こんな学も身寄りもないわたしをさ、まっとうな仕事で使ってくれるいい会社だった。その時はそう思っていたんだけど――
その会社で働くうちに、色々とおかしなことに気付き始めたんだ。メチャクチャ賃金が低いうえに、社会保障も何もなかったんだ。信じられる?このご時世に、そんな悪徳会社があるなんて。だけど、そこの会社のオーナーはとても人柄が良くて……冗談で言ってるんじゃないよ、ホントに。その頃のわたしは今よりもウブだったから、人に騙されやすかったのかもしれない。だから自分の待遇がよくないってこと、周りの同僚にもなかなか言い出せなくてさ。みんなそうなのかな、だったらわたしだけ不満を感じてちゃだめだよね、もっともっと頑張らなくちゃって。――ま、そういう時期もあったの。
そんなわたしを世話してくれた人が、一緒に働いていた細田先輩だったんだ。先輩には持病があったんだけど、そんな辛さを少しも見せずに仕事してた。お話も上手で、どうしてこんな素敵な人がこんな会社にいるんだろう?ってずっと不思議だった。
それである日出勤したら、それまで毎日ずっと働いていた先輩がその日は休みで。何か嫌な予感がしてさ、仕事終わりに先輩の住んでる寮に様子を見に行ったの。そしたら……。
ノアはそこで声を詰まらせた。
「……警察が大勢いて、話を聞いたら、寮に住んでる人が行方不明になったって」
そこまで言うと彼女は、瞳を潤ませながら顔を細田のほうに向いた。
「生きてたんだ、先輩。けどそんな姿、わたしの知ってる先輩じゃないよ。一体どうしちゃったんだよ!?」
「……運命というものを考えたことがあるかしら?ノア」
細田は静かにそう言うと、まるで懐かしいものをみるかのような目つきでノアを見つめた。
「確かにワタクシもね、あれから色々あって、ある方々の力を借りてようやく道が開けたの。そして思ったわ。これからは、搾取される側から支配する側になろうと」
そう語る細田の目は正気ではなかった。さしずめ禁断の果実の味を知った者の目つきだ。
「その『ある方々』というのはまさか……」
「そう。アナタのお兄さまが入っている組織」
細田はちょうまにそう答えるといきなりジャケットを脱ぎ、あらわになった両腕に力を込めた。すると腕の外側から指先のほうにかけて、金属のようなものが生えてきた!それは長さ50センチを超えたところで伸長が止まり、鋭く硬い刃となった。
「これがワタクシの新しい身体。アマツ一族が与えてくださった新しい命」
「!?」
その言葉にとみの顔が一瞬こわばった。
「これからの世界を、アマツ一族に選ばれた者たちが生きるに相応しい環境に整えることが、我々闇の経営者軍団に課せられた使命。その邪魔をする方々には消えてもらいます」
「最初はただの暇人グループだったのに、いつの間にかこんなに恐ろしい組織に変貌していたとは……!」
苦虫を噛み潰したような表情でちょうまは思った。
――この両手が自由なら、CGを使えるのに。
「先輩……」
変わり果てたかつての同僚を目の前に、ノアは力なく呟いた。
「あやつはもうお前さんの知っている者ではないぞ。改造済み、とあやつの顔にはそう書いてある」
とみはノアにそう言い、背中の太刀を抜いた。
「そうと分かればもはや遠慮は要らぬ。覚悟せよ」
「これで大義名分ができたわね」
自身の瞳を精霊の輝きに満たしたKが前に出た。
「細田さん、メッタメタに暴れてやるから覚悟しなさい」
「ジュルッ」
彼女の横でツルリンも臨戦態勢をとる。そんな彼女たちを、ゴミを見るような目つきで嘲笑う細田。
「おお、こわいこわい。やれるものならやってご覧なさい」
Kたちと部屋にいた守衛たちはほぼ同時に動いた。守衛たちはそれぞれに武器を構え、一同に向かって攻撃を仕掛けた。
騎士の格好をした優男がKの胸に長剣を突き立てようと、回転しながら突進してきた。Kはそれを間一髪でかわし、彼に向かって両手をかざし、すかさず精霊の一撃を加えた!
「グッ!」
二撃、三撃……見えない力に押された騎士は強烈な力を何度も食らって壁に激突し、気を失った。
「見かけ倒しだったわね」
Kはフンと鼻を鳴らすと、近くで戦っているツルリンに目を向けた。
ツルリンもまた優勢だった。ダイヤモンドのような硬さに変貌した自身の身体を高速でバウンドさせ、鎧武者の姿をしたガードマンを圧倒する!ツルリンのバウンドを、鎧武者は大きな斧で払おうとするが、とうとう肝心のそれがツルリンの連続攻撃の衝撃で粉砕された。アゴの下からツルリンの直撃を食らった鎧武者は、そのまま天井付近まで高く吹っ飛び、それきり動かなくなった。
とみと緑色の肌の男は、打ち合いとけん制を繰り返していた。何しろお互い人ならざる存在だ。超再生力を持つとみと、毒物によってリミッターを外されアンデッドと化した男。両者の決着はなかなかつかない。
そこに加勢したのがリリーだ。彼女の口から、メラメラとオレンジ色の光が漏れ出す。そしてその口をガバッと開き、緑色の男に向けて高温の炎を吐き出した!あっという間に炎に包まれ、ケシズミのように消滅する男。
「かたじけない!」
とみはリリーに礼を言った。
「ワガハイをなめたらあかんで、ワガハイはな」
リリーは目を爛々と光らせながら、細田に歩み寄った。
「ちょうまオコゲ団の切り込み番長、コロゲリザベート・リーリア・フォン――」
「フフッ」
細田は不気味に笑うと、リリーが口上を述べ終える前に、彼女に向かって何かを振りかけた!
「フニャ!?」
強烈な臭気に包まれたリリーは、たちまち我を忘れて錯乱を始めた。
「ンガ、ンゴゴ、グルルルル……」
「こんなこともあろうかと、特別な猫ちゃんには特別なマタタビパウダーをご用意しておりましたの」
リリーはもはや何も分からずに、絨毯の上で七転八倒し始めた。
「リリーちゃん!」
ちょうまが切なげに叫んだ。
「安心なさい。アナタ方を始末したら、その猫ちゃんは責任を持ってワタクシが引き取ります。もっともっと強く、カワイイ猫ちゃんに調教してあげますわ」
「させるか!」
細田の周囲から、ノアとツルリンととみが一斉に攻撃を仕掛けた。ツルリンの連続バウンドが細田のブレードと踊るように交雑し、ノアの蹴りがそれに追随する。しかし細田は、彼女らの猛攻をものともせずに、むしろ余裕たっぷりの顔で受け、いなしていた。
その理由は、数瞬後にとみが斬り落とした細田の片手の断面を一同が目撃した時、完全に判明した。その切り口は人間のものではなく、硬質な金属と数多の配線でできていた。つまり細田は――
「サイボーグ!?」
狂壱の別荘で見た、あの半人形たちと同類か?それとも――ちょうまは様々な思いを巡らせた。
「病に倒れた後、ワタクシの身体のほとんどはもはや使い物になりませんでした。ですから狂壱がワタクシの身体のほとんどを機械に替え、アマツ一族の血と肉をもって、ワタクシは再びこの世に転生したのです」
「完全にアタマ逝っちゃってるわね。残念だけどあなた、転生失敗よ」
うっとりと語る細田にKは辛辣な言葉を浴びせ、ノアに呼びかけた。
「ノア、腹をくくりなさい。アタシがサポートしたげるから、とにかくまずはアレの動きを止めるの」
「できるかな、わたしに」
「うまくいけば、あなたの先輩を元に戻せるかもしれないわ」
「!?」
――ただ、そんな気がしただけ。けどね、アタシの勘はよく当たるのよ。
Kは心の中でウインクすると、細田の前に立ちはだかり、精霊のチカラを解放した!