特命ミッション H.R.J 巡の章1



 ビルを出た一同は、怪しい特効薬の市中散布を防ぐための情報を集めていた。
「この辺の企業を全てハッキングしてみましたが、手掛かりは掴めませんでした」
 落胆の色を隠せない様子で、ちょうまは一同に言った。
「ですが、どこかの施設にあることは確かです。民家にそんな大がかりなモノを置くことはあり得ませんから」
 と、ここでちょうまのスマホにメッセージが入った。送信者はイワ夫妻!
――サンプキ、ハ、チャーチ、ニ、アリ
「さすがニンジャスパイね。仕事早いわ」
 Kが感心した様子で言った。ちょうまたちの消息が途絶えている最中も、イワ夫妻たちは独自に調査を行っていたのだ。たとえ南の島でバカンスをしていようが、CO団による全国猫ネットワークの駆使を得意とする夫妻にとっては、諜報活動に距離は関係ないということだろう。そう、CO団は至る所に存在しているのだ。
「チャーチ……教会だね!ここから近い教会は――」
「いくつかあるわね。片っ端からあたってみましょ!」
 一同は頷くと、捜査を開始した!

 緊急事態宣言下の人気のない街を、4人と2匹が駆け抜けていく。
 やがて一同は、都会の一角にある、今は使われていない古い教会へと到着した。
「あと調べていないのは、この教会だけ……」
 ハアハアと息をあげながらちょうまが呟いた。と、Kが何かに気付いた。
「あれはなに!?」
 木の陰から、不気味な動きをした物体が大勢歩いてくる。よく見るとそれは、一同が古城で対峙した化け物たちと同じ特徴を持っていた。奇妙な肌の色、ところどころ変形した身体、そして微妙に後退した髪の生え際――
「ゾンビだ!なんでこんなところに!?」
「ちと数が多いな」
「どうすっぺ」
 ノアととみとリリーが口々に言う。すると急にツルリンの様子がおかしくなった。
「チュルッ」
 ツルリンの身体が光り輝く!たちまちそれは辺りを照らす程に明るくなり、数秒後にその光がおさまった時には、ツルリンのいた場所に、ライダースーツを着た1人の男が佇んでいた。その姿を見たKは目を丸くし、驚きとともに目の前の人物の名を呼んだ。
「S……!」
 Sと呼ばれた男はKに微笑みかけると、返事をするかのように、彼の側に現れたバイクのエンジンをふかした。
「あれが噂に聞くSさん!?」
「え、誰(笑)」
「だれじゃ」
「せつめいプリーズ」
「アタシの初恋の人よ」
 一同の疑問に、Kは懐かしい表情を浮かべながら答えた。
「昔バイク事故で亡くなったの。お互いプロポーズする前に。……まさかこんな形で逢えるなんて」
「つまり、ツルリンの正体はSさんだったというわけですね!」
 ちょうまが嬉しそうに叫んだ。そう考えれば、これまでのKに対するツルリンの態度といい、色々と辻褄が合う。
「ここは俺に任せろって言ってる」
 Kは精霊のチカラによって、Sの音なき言葉を感じ取った。
「先を急ぎましょう!」
「ツルちゃん、ありがとよ~!」
 リリーはSに向けて笑顔で手を振った。
 Sは一同が先へ行くのを見届けると、ゾンビたちに視線を移し、彼らに鋭い眼差しを向けながらバイクに跨った。Sが乗ったバイクが勢いよく発進すると、その道筋に光のトラップが次々と出現し、それを踏んだゾンビたちは根こそぎ浄化されていった!


 幸いにも教会の裏口の鍵が開いていたので、一同はそこから中へ入り、礼拝堂へと続く廊下を歩いていた。
「そういえばとみさん、さっきえらいびっくりしてたけど、何かあったの?」
 Kは先程の細田との戦闘で、アマツという単語や、それの血と肉によって転生したといわれる細田の存在に、とみがいたく驚いていたことに疑問を感じていた。
「アマツはわしの知り合い」
 ぽつりととみが答えると、ちょうまの瞳が輝いた。
「とみさんが前から探していた人ってまさか……」
「阿麻都屍門之主(アマツシカドノヌシ)。それがあやつの真の名前」
「随分大層な名前だね!神様みたい!」
 ノアの驚きに、とみは遠い目をして語りだした。
「もとは人間だったが、鬼の力を借りて悪神となった。そして自らを善神と騙り、多くの人を殺めた」
「それって何年前の話?」
「とみさんは小生の15代前のご先祖様ですから、100年で5代消化するとして、少なくとも300年以上は前かと」
 すかさずちょうまがフォローを入れた。
「しかし小生はとみさんの直系の子孫ではありません。とみさんちの分家のうちの誰かが、小生の直系の先祖になります」
「そうじゃな、そうじゃった」
 とみは納得したように賛同した。
「奴のあまりの暴れぶりに、見かねたわしら一族はとうとう奴と戦うことになった。奴の力は凄まじかった。なにしろ相手は人間を辞めておるでな。なす術もなかった、というのが本音じゃ。一族のほとんどは倒され、わしも一度死んだ」
「あれ?じゃあとみさんはどうして――」
「それこそが奴の呪いよ。奴の血と肉を取り込まされたわしは生き返った。だがその時わしは、もう人ではなくなっていた」
 これがとみの超人力の秘密であった。老いない身体と驚異的な再生力。そして人間離れした力――
「わしはアマツに背いた罪人として、長いこと奴のアジトに囚われていた。だがわしらとの戦いで深い傷を負った奴は、長い眠りにつかざるを得なくなった。わしは機を見計らい、奴のもとを離れた。そのまま北国を長い事旅し、呪いを解く方法を知った。それはわしに呪いを与えた張本人のアマツを消すことじゃった」
 とみは刀の柄を握りしめた。
「その長い旅の途中で、ちょうま。お前さんと巡り逢えたのよ」
「な、なるほど。話しが壮大過ぎてイマイチ理解に苦しみますが、生き証人のとみさんがそこまで仰るのですから本当の事なのでしょう」
 ちょうまは冷や汗をたらしながら納得した。
「そんなヤバイのが悪いやつらのバックにいるなんて!早くボコボコにしてやろうよ!」
「そうね、ノア。けどまずは散布機をどうにかしないと。ここに置いてあればいいんだけど」

 そのようなことを話しながら礼拝堂の扉の前まで来たところで、一同の足が止まった。
「!」
「げぇっ!?兄さん!」
「先回りしてたのね、あなた」
「オメー最近どこにでもいるよナ(笑)」
「そこをどきなよ」
 扉の前に立っていた狂壱は一同の言葉には耳を貸さず、無言でジャケットのボタンを外し、その下のシャツのボタンも外した。そして剥き出しになった胸の中央には、ぽっかりと拳一つ分の空洞が空いていた。
 唖然とする一同をよそに、狂壱が語る。
「病弱な僕の体では、シベリアの過酷な環境に耐えきれなかった。それに、遅かれ早かれ自分の身体がダメになることは分かっていた。その地がたまたまシベリアだったわけだ。そんな僕を再び動かしてくれたのが、アマツの血。ご覧の通り、心臓だけはどうにもならなかったが」
 そこまで言うと狂壱は衣服を元通りに整え、ちょうまのほうを見た。
「ふふっ、結果的に死んでしまったけど、生きていた時の悩みや苦しみはどこかへ行ってしまった。今はとても安らかな気分だよ。シノブ、お前もこちら側へ来るかい?」
「小生は死んでまで生きたくはありません!ピンピンコロリを貫きますよ!」
「……良い心がけだ。しかし、これを見た後にまだそのようなことが言えるかな?」
 狂壱は微笑むと、礼拝堂の扉を開けた。

 その部屋の奥、祭壇の中央に磔にされていたのは、紛れもないヒロにゃんであった!
 ステンドグラスの光に照らされた彼の身体には、白く光沢のある拘束具が、がっちりと食い込むように装着されている。
「彼には利用価値があったので、ここへ一緒に来てもらった」
 と、狂壱。ヒロにゃんはKたちの姿を見るや、ぱっと明るい顔をして彼女たちの名を呼んだ。
「Kさんにちょうまさん!みんなで俺を助けに来てくれたんですね!!!」
「このウルトラバカーーー!!!」
 Kは怒り心頭の表情でヒロにゃんを怒鳴りつけた。
「おめおめと人質に取られてんじゃないわよ!それに何よその恰好、まるでオムツを履いた赤ちゃんみたいじゃないの!」
「そ、それは言わないでくださいよ!俺だって好き好んでこんな姿になったわけじゃないんです!それにそこの狂壱さんって人、俺の事ものすごくいじめるんですよ!終いにゃ、君の〇〇を開発してやるとか言い出すし!俺が一体何したっていうんですか!」
「そんなんアタシが知るかーーー!」
「いっそのことそのまま開発されて、新たな境地に踏み出せばよかったのにwww」
「勘弁してくださいよちょうまさん!俺そんな趣味ありませんからね!」
「ヒロにゃんだ!生ヒロにゃんだ!ヒロにゃ!」
 ノアは急にヒロにゃんの名を連呼し、目を輝かせた。
「ヒロにゃん、結婚して!!!」
「なっ!?」
 突然の告白に、ヒロにゃんの顔は赤くなった。
「いきなり何叫んどんねん(笑)」
「リリーちゃん、わたしね、ヒロにゃんの大ファンなの!」
「丁度良いから教えてやるわ、ヒロにゃん。お主をさらって牢に入れた実行犯はね、実はノアなの」
「なんだって!?」
「お主を尋問してしばらくしたら、ノアとサプライズ結婚させてめでたしめでたしで終わらせようと思ってたのよ。わざわざ役所まで行って婚姻届けまで用意してたのに、それがこんなんなっちゃって!元はと言えばお主が全て悪いのよ、ヒロにゃん!お主がネットであんな事言うから――」
「いつまでその話根に持ってるんですかKさん!そんなことどうでもいいですから早く俺を助けてくださいよ!」
「ヒロにゃん、必ず助けてやるよ!そしたら結婚しよう!!!」
 流れをぶった切るようにノアが前に出た!それに対して暗黒微笑を浮かべるK。
「丁度ここ教会だし、スピード婚余裕だわね」
「この流れで告白ねじ込んでくるとかくっそうけるんですけどw永久爆発四散しろw(´^ω^`)ブフォwww」
「どさくさに紛れてなんて呪詛吐いてるんですか、ちょうまさん!?あぁ、でもノアちゃん超可愛いし、俺は、俺はどうしたら――」
「……実におめでたい」
 そんな一同の様子を、狂壱は冷めた瞳で見つめていた。


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