「シノブ。お前が兄さんの側にずっと居てくれるなら、この計画は取りやめよう」
数瞬後、回想から戻った狂壱は、昔のような優しい笑顔を浮かべてちょうまに呼びかけた。
「グループにも僕からきちんと話をするよ。みんなで一からやり直そう」
「……小生だけの犠牲ではもうどうにもならないことは分かってます。どうせ終わるなら、悔いのないやり方で、前を向いて終わらせたほうがいいじゃないですか、兄さん」
ちょうまの言葉を聞いた狂壱の表情は、瞬く間にぞくりとするような笑みに変貌した。
「――GODが福音を告げる度に、薬はほうぼうに拡散され、人々はその『恩恵』を授かることになるだろう。そしてその燃料はまもなく整いつつある」
「お前さん方がやろうとしていることは、下衆の極みに他ならぬ」
とみは静かに腰の刀を抜いた。
「これを破壊するおつもりか?残骸のみならず、霧となった薬が数キロ先にわたり飛び散ることになるぞ。それに――」
彼の言葉に呼応するかのように、GODはヒロにゃんを鋭く睨んだ!そして磔にされた彼を支柱ごと触手で包み、まるで威嚇するかのように仮面の下の口を大きく開けて見せた。再びヒロにゃんが絶叫する。
「こ、こいつ!俺を食べる気だ!!!」
「ヒロにゃん君は栄養満点だ。人としての活力に満ちている。だからGODの仕上げ(燃料)に選ばれた」
無邪気な表情で狂壱が言う。
「これは僕一人で愉しむ予定だったが、そこの君たちにも、彼が美味しく食べられるところをじっくり観ていただこう」
「く……いったいどうすればいいのよ……」
Kが歯ぎしりをした。その時である。
突如、正面のステンドグラスが大音響とともに割れ、外から一人の影が礼拝堂に侵入してきた!それはGODの後方から蹴りを入れ、空中で回転し、Kたちの前に着地した。
均整のとれた体躯を包む、光り輝くライダースーツとヘルメット。彼の名は――
「S……」
Kは愛おしげに初恋の人の名を呼んだ。
Sに蹴りを入れられたGODは、その機能を一時停止していた。
「どういうことだ。制御は完璧のはず」
驚きを隠せない様子で狂壱が呟くと、Kは冷静な口調で彼に言った。
「アタシたちは悪魔なんかには負けないわ」
そう、今や精霊エネルギーの塊であるSの御霊は、邪を祓う聖なる光に満ちていた。それは負のエネルギーである呪いのチカラを借りて造られたGODを上回るほどの力強さをもって、狂壱の前に対峙した。Sが放つ眩しさに、思わず自身の顔の前に手をかざし、目を細める狂壱。その様子は、まるで十字架を嫌う吸血鬼のようだ。
『K、俺の力を使え』
Sの言葉がKの頭の中に響き渡る。
「分かった!」
Kが了承すると、Sの御霊は周囲に光の粒子を散らしながら彼女の中に入り込んだ。
『俺はずっとお前を――』
SのチカラがKと一体となる。すると今度はKが、全身から淡いオーラを放ち始めた。彼女は自身の両腕を頭上で交差させると、そこから味方一同に向かって清らかな光の束を放射した!
ノアのハートがメラメラと燃え出した。今ならどんな強敵にも立ち向かえる!
リリーの身体が3回りほど大きくなった。巨大化した時と同じような力が湧き上がってくる!
ちょうまの両手が輝いた。狙いは絶対外さない!
とみの刀の切れ味が増した。この刃を受けた者は、真っ二つになるだろう!
「みんな、アタシとS(ツルリン)の力を信じて!」
Kは一同を鼓舞するかのように呼びかけると、全身の光をより一層増した。
「総攻撃よ!!!」
ちょうまは強化されたCGの探知力によって、GODの目ともいえるメインセンサーを銃で正確に撃ち抜いた!すでにGODの活動は再開していたが、それは視界を奪われたせいか、先程よりも滅裂な動きのように感じられた。
その緩みを突いて、GODに鋭い太刀を浴びせるとみ!ヒロにゃんを拘束していた何本かの触手がボトボトと床に落ちる。GODは自身の異変に気付いたか、不快なアラートを発しながら、残るセンサーを駆使して一同を喰らい尽くそうとした。
「させないよ!!!」
ノアは人間離れした空中ジャンプを披露すると、GODの柔らかい部分に連続攻撃を放った!目にも止まらぬ速さだ!その衝撃によって狙いがぶれて空振りを繰り返すGOD。ノアは頃合いを見計らうと、ヒロにゃんが磔にされていた支柱を恐るべき力で持ち上げ、その柱ごと彼をGODの射程外に連れ出した。そして彼を拘束していた繋ぎ目をチョップで粉砕すると、彼に思いきり抱き着いた。
「ヒロにゃーーーん!!!」
「いっ!?」
「キャー!ヒロにゃんセクシー!!!」
「いででででで骨が!!!」
「それはあとでやりなさい……」
二人の交流を眺めながら、Kは冷や汗を垂らして呟いた。
「スゥ~~~~~~~」
リリーはGODに近付くと大きく息を吸った。そして彼女は口を尖らせ、超高温の炎の槍をGODに向かって吐き出した!それはリリーの口と繋がったまま、彼女の動くままに暴れまわり、GODのボディのあらゆる部分を溶かしていく。まるで巨大な太鼓を演奏しているかのようだ。その熱によって、とうとうメイン回路をやられた偽りの神は、時折痙攣するかのような動作を見せながら、やがてその動きを停止した。
「ありがとう、S」
そんなKの囁きを、果たして誰が聞いただろう。
一同の一転攻勢を目の当たりにしながら、狂壱はなおも動けぬままでいた。正確には、目の前の状況に対処する行動を一切とることができなかった。それはSが遺した、呪い封じの効果によるものであった。だが彼の表情にはまだ余裕があった。
「言ったはずだ。そいつを破壊すればどうなるか」
もし狂壱が想定している事態になれば、不死の身体を持つ彼ととみ以外の面々は無事では済まないだろう。
すると、ちょうまがKに向かって叫んだ。
「Kさん、チカラをここへ!」
Kは頷くと、一同に分散させていたチカラをちょうまに向かって収束し、思いきり放った!
ちょうまはかつてないエネルギーに包まれながら、自身の空間認識力と集中力をフル回転させ、GODの足元にCGによる巨大な空洞を創り出した!
「落ちろ!!!」
彼がそう叫ぶと、今にも爆発しそうであったGODの残骸は、その猛威をふることなく漆黒の闇へと落下し、消えていった。
「持つべきものは友、か」
巨大な落とし穴が消えた空間で、狂壱は独り言のように呟いた。
「君たちの友情には毎回実に驚かされる。順当に事が運んで、さぞかし気持ちが良かろうよ」
「なあ狂壱よ。お前さんはなぜそこまでアマツに肩入れをする?」
とみは刀を鞘にしまい、狂壱に訊ねた。
「何がお前さんをここまで駆り立てる?新たな生を得た恩義からか?」
「アマツの一族は、この世の中を誰一人争うことのない、平和で平等な世界にしたいと願っている、本来は極めて穏健なんだ、僕らは」
そう答えると狂壱は、とみを真っ直ぐに見つめた。
「僕はアマツの末裔だ」
その瞬間、とみの顔色が変わった。
「その目、どこかで見たことがあると思うておった」
「アマツの一族は今や世界中に散らばっている。僕をシベリアで助けてくれたのも、闇の経営者軍団の新たな骨子を築いたのも彼らだ。一族には2種類ある。単に力を分け与えられた者と、交配によって生まれた直系の血筋。僕は後者だ。正確には、母方のね」
狂壱の説明を聞いたちょうまは顔面蒼白になった。
「そ、そんな……。間接的とはいえ、小生の一族とアマツ一族が繋がっていたなんて……」
「これからは永久に繋がることになるよ、シノブ。お前の血を全部抜いて、その体に僕の血を入れればいい。それでお前は完全に再生する」
「そんなタンジュンな話しがあるかーい(苦笑)」
「逆に不純物だらけで体壊しそう~」
リリーとKが嫌悪感を剥き出しにした。
「クク……これはデモンストレーションだ。いずれ世界中のワクチンにあの薬が混ざることになる。さすがの君たちにも、それを止めることはできないだろう」
「いいや、できるね!!!」
ノアは自信満々に叫んだ。
「あんたたちをぶっ倒せば万事解決だ!それくらいやってやるよ!」
「なにいきなりエンジンかかってンだ(笑)」
「ヒロにゃんをハグして元気をチャージしたのね。恋する乙女は強いわよ」
Kのその言葉通り、ノアの後ろには、彼女に散々抱き着かれたヒロにゃんがぐったりと床に横たわっていた。
「では、そこのお嬢さんの挑戦、受けさせてもらおう――」
その時である。
ピロリロリン♪
緊張感を壊すかのように、ちょうまのスマホのメッセージ通知が鳴った。
「何か鳴っとるぞ」
「またイワ夫妻からです!……ケイサツ キュウコウ ハヤク ニゲロ」
「少し騒ぎ過ぎたようね。急いでここから立ち退かないと」
そう言いつつもKは不安そうな表情を浮かべた。
「けど間に合うかしら。外に出たら警察と鉢合わせになるかも」
「決着をつけるために最適の場所がある」
狂壱は一同に呼びかけると、目の前の空間を人1人分歪めた。
「ついてきたまえ」
その言葉が終わるや否や、彼の姿は歪みの中に消えた。
「罠かしら?」
「その可能性はありますが、今なら悪の勢力を追い詰められそうな気がします!」
「じゃあド~ンと行こうや!」
「決まったな」
「これが終わったら、ヒロにゃんと結婚するんだ!」
一同は満場一致で歪みの中へ入って行った。
それから数分後。
「ん、あれ?みんな?みんなどこだ???」
ヒロにゃんは辺りをキョロキョロと眺め回すと、自分の置かれている状況を悟り、愕然とした。
「俺はまた置き去りですか~!?」