特命ミッション H.R.J 獄の章5



 彼らは、自らをアマツの一族と名乗った――

 シベリアの秘密の場所で特別な儀式を経て生まれ変わった僕は、僕の心臓を抜き取ってしまった人たちとしばらくそこで過ごした。儀式の時につけられた胸の傷はそこそこ深かったので、自分の体型に合うコルセットを作ってもらい、上半身が安定するまでそれを着けていた。
 身体のコンディションは以前と比べてすっかり良くなったが、最初の頃は食事が大変だった。普通の人間が食べるような食材は、僕らの身体にはまったく栄養にならない。しかし人間の身体の一部を何らかの形で摂取することによって、不思議と命を繋ぐことができた。
 こんなの共食いじゃないか。
 僕は抵抗した。人の心がそれを拒んだのだ。目の前に特別な材料が入ったスープを出された時も、たとえそれが食べやすいように味付けされていたとしても――何日かはやせ我慢をしていたが、とうとう空腹に耐えきれなくなってソレを食べた。

 信じられないほど美味かった。

「おれたちは、新しい家族はいつでも歓迎するんだ」
 ある時、一族の中堅であるシバという男が話をしてくれた。
「直系のお前が来てくれた時には、おれたちは喜んだよ。ようやく新しい家族ができたと」
 アマツの直系として生まれた人間の殆どは、生まれつき脆弱だ。中には成人になる前に命を落とす者も少なくない。そして何世代かに1度誕生する、赤い瞳を持つ者だけが、我々のような第二の生を送る資格を得ることができる。我々は生殖能力を持たない。だから家族が増えることは余計に嬉しいことなのだとシバは語っていた。

 またある時は、マリメイという女性が『眷属のつくりかた』について説明してくれた。
「アマツの直系以外のものを迎えるためには、ご神体の力をお借りしてその身体を清めなければなりません」
 つまり、生身の人間には猛毒であるご神体の一部を、ターゲットに与えて半死人状態にし、直系の血肉によって変化の仕上げを行うのだ。変化した彼らはそれでも半分は人間のままなので、人間と同じものを食べて生きられるが、直系と比べてわずかな力しか振るえない。直系は眷属となった彼らを操って、自らに被害が及ばないよう事を遂行していく。そうやって細田は僕の眷属になった。
「もし何らかの原因でご神体の力が尽きた時は?」
「その時は、直系のうちの1人が新たなご神体に選ばれ、我々の命を繋いでいくのです」
 古い眷属であるマリメイはそう言うと、黄金色の瞳で僕を見つめた。

 あれから400年以上経ち、仲間は大勢集まった。
 増えすぎた作物(人間)を、今こそ間引きする時だ――


 今や屋内庭園では、太刀を構えたとみと、そのとみから刀を借りたノアが、狂壱の斬撃を必死に受け止めていた!古城の戦闘とは違い、今の彼は攻勢一辺倒だ。周りではKやリリーが度々援護射撃をしているが、それらは狂壱にことごとくかわされ、破壊させられていた。
 と、ノアの使っていた刀の刃が相手の剣圧に耐えきれなくなって欠けた。彼女は慌てて後退しようとしたが、片足をくじいて床に転んでしまった!そこに狂壱のサーベルが真っ直ぐに振り下ろされる――
 それをすんでのところで受け止めたのは、とみの太刀だった。とみがノアから狂壱を遠ざけるようにして間合いを作ろうとすると、突如狂壱の片手が伸び、とみの頭を鷲掴みにした!そのまま持ち上げられる格好で吊るされるとみ。
 狂壱は無言で握力を強めていった。とみの頭蓋骨がキリキリときしむ。だがとみも負けてはいない。彼女は垂れていた両足を狂壱の腕に絡ませると、自身をバネのようにひねって回転させ、その遠心力で彼を投げ飛ばした!
 狂壱は壁に激突する寸前で体勢を立て直し、ジャケットを脱いで壁際に置くと、とみに向かって目を見開いた。
 やつは本気だ――ノアはそう思った。

 ちょうまは戦闘に参加できずにいた。Kのリュックから予備の弾丸を装填できたものの、この間にもいつ、あずまやで突然倒れたような事態が起きないとも限らない。精神に焼き印を押されたかのような深いトラウマを覚えながら、ちょうまは目の前の光景をただ見守ることしかできなかった。すると、
「ちょうまさんちょうまさん」
 ちょうまは声のするほうを見た。そこには、庭園の隅でしゃがんでいるヒロにゃんの姿があった。
「ちょっといいですか?」
「えぇっ???」
 ちょうまは眉をひそめながら、目立たないようにヒロにゃんの側に移動した。
「なんか見つけたんですか?」
「ビンゴ!見てくださいよここ」
 彼が指差した壁は一見何の変哲もないように見えたが、近付いてよく目を凝らすと、なんと壁の反対側の光景がうっすらと見えていた!それはプロジェクションマッピングによる偽りの壁であった。
「よくこんなものに気が付きましたね、ヒロにゃんくんはw」
「いや、ほんとたまたまですよw――で、行ってみます?」
 二人はフロアの様子をうかがった。今なら狂壱はこちらの行動に気付いていない。ちょうまはにやりと笑うと、
「決まってるじゃないですか」
 二人は周囲を注意深くうかがいながら、半透明の壁の中に入っていった。

 壁の向こう側の少し奥には、格子に抱かれるようにして旧式のエレベータらしきものが設置されてあった。
「これ海外の映画で観たことありますよ!近くで見るとやっぱオッシャレですよね」
「へぇ~ここ電気通ってたんだ!」
 ヒロにゃんとちょうまは軽く驚きつつエレベータの中に入った。中には幾つかスイッチがあり、これまで一同が行ったことがなさそうな階のボタンもあった。
「じゃあここでKさんの気持ちになって考えてみましょうよwお宝があるのは~?」
「ここだ!」
 ヒロにゃんは陽気にボタンを押した。たちまち降下していくエレベータ。
 戦いの音が遠ざかっていく。

 着いた先は地下室だった。
 そこは地上階とは異なる石造りの空間で、長い通路を二人が歩いていると、どこからともなく香の香りが漂ってきた。
「なんかヤバイ感じがしますよ……」
「もしかしてヒロにゃんくんはビビリなんですか?w」
「ちっ違います!俺は肝試しは超得意ですからね!」
「得意?wビビるほうがですか?w」
「なっ!?まあいいや!そうだちょうまさん、ここから出たらみんなで打ち上げしましょうよ!」
「いいですねwコロニャンウイルスのいない空気の綺麗なところで、BBQパーティとかできたら最高だ!」
 そんなことを話しながら何度目かのコーナーを曲がると、いきなり広い部屋に出た。そこの壁や床は一面朱塗りで、まるで今しがた噴き出した血のような艶を滲ませていた。
「本格的にヤバイところに来ちまったのかも……」
「いやこれは絶対なにかありますって……」
 二人は口々に呟きながら、部屋の中央に置かれた壇の上にある、扉付きの箱のようなものを凝視した。
「あれって棺桶……」
「ヒロにゃんくん開けてみてくださいよ。肝試し得意なんでしょう?」
「えっ、ちょ」
 ヒロにゃんは若干慌てた。だが仮にもスターである彼は堂々とした態度を作ると棺に近付き、その蓋をゆっくりと開けて、やはり表情をひきつらせた。

 そこには小さな人型のミイラが入っていた。その身体にはところどころ削り取られたかのような損傷があり、少し触れたらすぐに崩れてしまいそうな脆ささえ感じられた。
「もしやこれがご神体、ってやつですかね……」
「その可能性はありますよ、ヒロにゃんくん。しかしどうにも腑に落ちない。アマツさんが今も健在なら、果たしてこんなカピカピの干物のようになっているでしょうか?」
「アマツの意志は新たなご神体に引き継がれました」
 突然の声に二人は驚き、声のしたほうを振り向いた。そこには美しい黄金色の目をした女性が佇んでいた。
「それは最初のアマツの欠片。我々先祖の名残りを受け継ぐための供物です」
「あなたは?」
「私はマリメイ。アマツの女の一人であり、彼の一族に仕える眷属です」


次へ
前へ
ページの先頭へ