イワ氏(の奥方)の助けで部屋を抜け出した俺は衰弱しつつあった。空気が重い、だるい、眠い。ここが寺の地下なんて信じられない。
どれくらい進んだろう。ふと前を見ると誰かが佇んでいるのが見える。俺は声を掛けた。
「すみません」
「何か用?」
振り返ったスキンヘッドの男は、鳥肌が立つようなウインクをして返した。これは、嫌な予感がする…。俺は動揺を隠しながら訊ねた。
「出口を教えて欲しいんだけど」
「だめよ」
スキンヘッドは袈裟を揺らしながら答えた。
「いつもテレビで見ていたのよ、ヒロにゃんのこと。やっと捕まえたんだから、もう放さないわ。ヒロにゃんはアタシたちとずっと一緒に暮らすの、でしょ?」
要するにこのゲイボーズ達は、監禁目的で俺を捕まえたのだ。まったく厄介なことになったもんだ。深夜からドラマの収録があるというのに。そのことをゲイボーズに言うと彼は不気味な笑みを浮かべて言った。
「今頃ゲイ友の吉田クンが番組プロデューサーに断りの連絡を入れてるはずだわ」
「そこまでするか…」
これは俺を拉致する為の組織的な犯行だ。するとゲイボースは大声で仲間を呼んだ。
「みんなあ、ヒロにゃんが起きてきたわよお、いらっしゃいなァ」
ぞろ、ぞろ、ぞろ……四方から衣擦れの音と黄色い声が聞こえる。
「ギャア、生ヒロにゃんよォ」
「可愛がってあげるわあ、おいでぇ」
俺はまた囲まれるのか。それは嫌だ。俺には未来がある。こんなところで人生を終わらせるわけにはいかない。気が付くと俺は高速で走っていた。ゲイボーズ達のわめき声が遠のいていく。この暗闇の先に出口があることを祈りつつ、俺は走るスピードを上げた。
何度目かの角を曲がり、俺は後ろを振り返った。もうあいつらは追って来ないだろう。俺は立ち止まり屈んで汗を拭いた。それにしても腹減ったなぁ。
「ヒロにゃん君ですか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには行方不明になっていたちょうまさんがいた。ある種のマニアに追われていると聞いてすっかり顔を忘れかけ…見ていなかったが、まさかこんなところで再会するとは。これが幻であって欲しいと思いつつ、俺は返事をした。
「やあちょうまさん。ここで一体何してるんです?」
「(まさかあの部屋から抜け出すとは…)ヒロにゃん君こそ何をしているのですか?」
何か変な呟きが聞こえた気がしたが気のせいか。俺はこれまでの経緯を説明した。
「成る程。つまり彼らの深い愛を受け止められず、逃げている最中と言う訳ですね」
「まあそんなところです」
この人はいつも事態を自分の面白いように解釈しようとする。
「それで、ちょうまさんは何してるんです?」
「…っ!……ひぇっひぇっひぇっひぇっ!!!」
変な顔をして突然笑い出す。間違いない、やはりちょうまさんだ!俺は笑いの発作を起こしたちょうまさんが手に負えないことを知っていたので一目散にその場から立ち去った。
しばらく走ると暗闇の奥に光が見えてきた。出口だ!すると俺の体は勢い良く床に沈んだ。落とし穴だ!穴の底ではゲイボーズ達の嬌声が聞こえる。くそっ、あと少しだったのに…。
その時、誰かに腕を掴まれる感触がした。見上げるとイワ氏(の奥方)がいた。
「世話の焼ける子だねえ」
「お、お…」
ありがたや、ありがたや。