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blog:2025:03:0901

エルフェンリートを再び観た

※ネタバレあり

最初にアニメ版のエルフェンリートを観たのは、今から15年ほど前だ。
この作品は事前情報でスプラッター描写が多いときいていたが、僕はそういうのは平気なタイプなので、最初から最後まで楽しむことができた。
中でもオープニングテーマ曲の「Lilium」が印象的だ。物悲し気で美しいラテン語のメロディがいつまでも印象に残り、ふとしたきっかけで脳内で再生される。そんな年月を幾度となく繰り返し、この話の内容を忘れた頃、つまりおとといに、もう一度この作品を観ようと思い立った。

エルフェンリートで特に印象的だったのが、大学生ペアのコウタとユカの関係だ。
この二人はいとこ同士で、話が進むにつれてまるで夫婦のような、より濃密な関係になっていく。
そんなコウタとユカの親切な人柄によるものか、回を重ねるごとに身寄りのない少女たちが次々と彼らの借りている家に集まってくる。
彼女たちの生活パートでは、日常の中で感じられる空気や感情の動きが繊細に描写されており、日本アニメならではの美しさを感じることができる。それが殺傷パートになると、それまでの雰囲気とはがらりと変わって、残酷でありながらいとも簡単に失われていく生命の儚さに静かな衝撃を受ける。
グロいと評判の本作だが、見ようによってはそこまでグロくはない。ただ、四肢欠損は頻繁にあるし、エピソード8と9にかわいい動物が死ぬ描写があるので、動物が可哀想な目に遭うのが苦手な方はそこだけ注意だ。

エロ描写(コウタとユカのキスシーンとか)には賛否両論あるけれど、グロさとは違った生々しさも各登場人物の関係性を語るうえで重要な要素だと思うから、個人的にはあれでいいんじゃないかなと思った。
だが、マユの義父だけは絶対に許さない。

この作品には、突然変異体を収容している謎の研究所にはじまり、警察や病院のシーンが多い。いずれも国家権力に護られているから、コウタやユカのような並みの人間では手も足も出せない。そこがなかなか恐ろしいところだが、そんなバイアスをぶち破る存在がディクロニウスたちだ。
ディクロニウスはヒトの突然変異体で、女性のみで構成される。彼女たちの頭には猫耳のような形をしたツノが1対生えていて、脳の松果体と言われる領域が特殊な発達をすることによって、並みの人間には見えない手を操ることができる。そんな彼女たちの衝撃的なバトルからこの物語は始まり、終わっていく。

研究所の人たち曰く、ディクロニウスには幼い頃から人間への潜在的な憎しみのようなものが備わっていると言っていたけれど、僕の解釈は少し違う。
彼女たちは生まれた直後から、実験体となるか処分されるかの二択の道を強制的に歩まされていた。実験体となれば研究所に収容され、裸にされて、まるで拷問のような日々に耐えなければならない。そこには人間同士の家族のような交流や愛情はなく、ただのサンプルとして扱われるだけだ。
だから彼女たちが一般的なヒトからかけ離れた精神構造になっていくのはある意味仕方のないことだし、紙幣の使い方を知らなかったナナのように、世間知らずになるのも無理はない(そういえばナナのお金は最終的にどうなったんだ?)。

つまり、ディクロニウスたちが人間を傷付ける理由は、他ならない人間の存在が大きいと思うんだ。
人間が異質なものを阻害して酷い扱いをするから、彼女たちはそれに応えているだけだ。
人間とディクロニウスがもっと歩み寄ることができていれば、数々の悲劇は回避できたかもしれないね。

確かに破壊衝動には遺伝的な要因も影響しているだろう。ヒトですらそうなのだから、ましてや突然変異体の彼女たちがその性質を制御するのは大変なことだ。おまけに彼女たちには絶大な力があるから、彼女たちがその気になれば数年で世界の主導権を握ることができる。
おそらくコウタはルーシーのベクターウイルスに感染済みだから、もしコウタとユカの間に子供が生まれたら、その子はディクロニウスになるだろう。そうでなくてもいとこ婚になるから色々とヤバそうだね。

そんなアニメ版のラストのその先を色々と想像しながら、この物語の余韻を楽しめることを嬉しく思うのだった。

blog/2025/03/0901.txt · 最終更新: 2025/03/09 by X?-R

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