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blog:2025:05:2102

処女懐胎によってヒトは正常に生まれ得るか?

キリスト教の聖書に登場する聖母マリアは、聖霊の力によって妊娠し、出産した。
そうやって生まれたのがイエス・キリストということになっているのだが、ここでひとつの疑問が浮かぶ。
ヒトは精子と卵子の交わりなしに子を宿すことができるのだろうか?
というわけで今回は、聖母マリアの処女懐胎(あるいは単為生殖)が実現可能と仮定して、その結果健常な子供が生まれる可能性はあるのかについて、生命倫理を無視して少し考えてみよう。

結論から言うと、可能性はごくわずかだがある。しかしそれが長期生存できる確率はとても低い。
なぜならば、ヒトというのは基本的に、父親と母親の細胞をほぼ同じ割合で受け継いで種としてのバランスを保っている生き物なので、このバランスが崩れると様々な先天性異常が発生するリスクが高まるからだ。
たとえ生まれた直後までは元気であっても、ヒトを形作る遺伝子の構造的な仕様や外部からの様々な刺激によって、その命は容易に失われやすい。

仮に全ての染色体が片親からのみ継承されたとしよう。これは専門用語ではゲノムワイドUPDといって、UPDというのは Uniparental disomy の略、つまり片親性ダイソミーという意味だ。
片親性ダイソミーというのは、対となる染色体同士が両方とも片親から継承されているという意味で、これらの染色体の情報が両方とも全く同じコピーであればイソダイソミー、ランダムに組み替えられていればヘテロダイソミーという。
ヘテロダイソミーでは、両方の染色体の遺伝子の一致率はおよそ50%で、イソダイソミーでは突然変異がない限りは100%だ。つまり元となる親に劣性遺伝疾患がある場合、それが非常に高い確率で子に伝わることになる。近親婚で有名なハプスブルク家をイメージすると分かりやすいだろう。
イソダイソミーでゲノムワイドUPDとなると、通常では生まれて来ることすら不可能なので、以降はヘテロダイソミーを前提としてゲノムワイドUPDで生存可能な可能性について掘り下げていく。
なお現実では、モザイク型(父親と母親の細胞セットと、片親のみの細胞セットが混在しているケース)に限り生存例がある。

そして母親の体内で、母由来の二つの細胞セットによる一つの胚ができたとして、奇跡的に46本の染色体を持つ生命が誕生したとしよう。
ミトコンドリアDNAに関しては、母から子に受け継がれる性質を持つため、この場合は問題ないだろう。
深刻なのは、親が本来持つ劣性遺伝疾患の発現因子の存在や、片親性ダイソミーに起因する突然変異だ。
全ての染色体が片親由来の場合は、もう片方の親によって制御しているごく一部の遺伝子(これを刷り込み遺伝子という)が広範囲で欠損していることになるため、全てのケースでそれに起因する突然変異が起こり、何かしらの障害が発症することは避けられないだろう。その多くは身体的な奇形や成長障害、知的障害、精神異常、定型的な性別の喪失、不妊、内臓機能や造血機能の異常や免疫不全など……仮に一つ二つの障害で済んだとしても、見た目を健康そうに見せるだけでも、余程遺伝子の組み合わせに恵まれでもしない限りは難しい。
つまり、単為生殖に挑戦するならば、できるだけエラーの少ない遺伝子を持っている個体のほうが成功率を高められるということだ。

それでもこの方法で皆さんがイメージする健常者を産むことはヒトの構造上かなり難しいから、ここでもう一つの奇跡を起こそう。
刷り込み遺伝子の制約をなくして、母親の遺伝子のみであっても刷り込み遺伝子のシステムの影響を受けないように進化するんだ。こうすれば単為生殖のハードルはぐっと下がるが、ここまで来ればもはや人類の限界を突破した新たな種だ。

ちなみに、通常の男女同士の生殖において、三倍体(染色体が69本の状態)を生じさせた後に各染色体をトリソミーレスキュー(3本の染色体をランダムで1本消して2本にする自然の仕組み)して、全ての染色体を片親由来にすることも理論上可能だ。
が、これを成功させるには3分の1の成功を23回繰り返すことになる。この完全成功率をChatGPTに計算させたところ、なんと約941億分の1!
現状それを可能とする技術がない限りは、ほぼ不可能に近い試みだろう。
それにこの方法では、結局は精子と卵子を使うことになるから、単為生殖とは少し違う発生の仕方になるね。
なお、親が生殖可能な真性半陰陽ならセルフ妊娠で望みはありそうだし、941億分の1よりかは現実的だけど、それで妊娠に成功した例は見たことがない。

結局のところ、幾つもの奇跡が重なるか、試行回数をこなすか、それこそ聖霊の力を借りるなどして実現させるしかなさそうだね。

blog/2025/05/2102.txt · 最終更新: by X?-R

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