特命ミッション H.R.J 哀の章3
Kが両目から極太のビームを放つと、それは細田のブレードに直撃した!その衝撃に、わずかにブレードの刃が欠ける。
「!?」
細田は一瞬たじろぐ素振りを見せるも、すぐにビームを断ち切り、怒りの形相でKに向かって飛びかかった。
「よくもワタクシのカラダを……!」
それは尋常ではない怒り方だった。先程までとは一転し、不得意な接近戦を強いられたKは、細田の猛攻になす術もなく逃げ回った。一撃でも細田のブレードを受ければ、Kの身体はバラバラに処されてしまうだろう。
「K!」
ノアはKと細田の間に割り込むと、振り下ろした細田の腕を真っ向から受け止めた!しかし機械人間と化した彼女の腕力は凄まじいものだ。それはジワジワとノアを圧倒し、あと少しで彼女の顔に刺さるほどに肉薄していた。
その時である。突如、細田の動きが止まった。そして彼女の身体は軽く痙攣をし始め、顔には苦悶の表情を滲ませた。
「こ、これは……」
「間に合った!」
そう叫んだのはちょうまだ。彼の手足はとみとツルリンによって解放され、その脇では彼を監視していたガードマンが二人によって倒され、床に伸びていた。ちょうまは自身の両手首に内蔵されているCG端末を操り、ほぼ機械の身体である細田を一時的に機能不全にさせることに成功していた。
「細田さん。貴女の身体から出ていたWi-Fi、使わせてもらいましたよ!」
「う、うぅ……」
細田は言葉も出せずに、悔しそうに唇を噛んだ。
「そして先程の貴女の言動で確信しました。細田さん、あなたの本体は、その肘から出ている刃だ!!!」
「なっ、なんですってーーー!?」
Kとノアは驚いた。
「Kさん、その刃をできるだけぶっ壊しちゃってください!ノアさんは、細田さんの胴体の中心にあるバッテリーを叩いてください!あと10秒が限界です!」
そう呼びかけるとちょうまは、CGを解除するために端末の電圧の調整に入った。急にCGを解くと、生身の彼の身体には負担が大きすぎるからだ。
Kとノアは素早く動いた。Kは先程のビームを、より狭く威力の高い針状にして細田のブレードの付け根に向かって撃ち出した!チェーンソーのような音を立ててブレードが削れていく。数秒後、それはポッキリと折れ、高い音を立てて床に落ちた。そして顔面蒼白になった細田の懐に飛び込んだノアは、彼女を動かす電源に向かって、ありったけの力で拳を打ち込んだ!!!
私の名前は細田レイコ。4年前にTOKYOに上京してまいりました。歳の離れた弟妹たちの学費を助けるために、就職難の地元を離れてこの街で働くことを決意しました。両親はすでに他界しており、弟妹たちを支えるのは私しかおりません。家の戸締りはきちんとするのよ、知らない人が来たら用心しなさい、と弟妹たちと面と向かって世話を焼けたのもついこの前まで。ちゃんとご飯を食べているかしら、と常々心配でしたが、毎日あの子たちとネットで連絡する方法を知ってからは、私の気持ちは大分楽になりました。
数日後、ある派遣会社への就職が決まりました。私の年齢で雇っていただけるところがあれば、どこでもよいと考えておりました。そこの社長さんは人当たりが良く、お上りさんの私を温かく迎えてくださいました。お仕事はデスクワークが中心で、時々軽作業を行います。就業時間は午前6時から午後19時まで。時間外労働は多いですが、それは私への期待の表れなのだと社長さんは仰っていました。早くお仕事を覚えて、社長さんのご期待に沿えるように、また、弟妹たちが安心して学校へ行けるよう生活を安定させてゆきたいです。
私には神経に障害があり、そのために時々職場の方にご迷惑をおかけしてしまうことがありました。薬は毎日飲んでいるのですが、時々効き目がなくなることがありましたので、お医者様に薬の種類を替えていただいたり、量を増やしていただくなどして対処していました。お陰様でお仕事に目立った支障はございません。
ある日、私の部屋に、民間の支援団体から職員の方がいらっしゃいました。「持病によって大分苦労をされていると職場の同僚の方から我々に相談があったので、これからは定期的に様子を見に伺います」といったお話をされました。こんな私の身を心配してくださるなんて……。
それから数か月後、私は信じられないものを見てしまいました。社長さんが若いお嬢さんを5人ほど連れて、いかがわしいお店から出て来るところでした。時間のある時に調べてみましたら、社長さんはそういった贅沢を沢山沢山していました。考えてみれば、私たち職員のお給料は、世間一般の方々と比べて非常にお安いものです。そのことを支援の方にお話すると、「それはとんでもないピンハネをされているんですよ」と仰っていました。
世の中には大変複雑な仕組みがあって、それで楽をする方がいれば、反対に苦労を強いられる方もいる。恥ずかしながら私はこの歳で、こういった社会の不条理を知ったのです。
そのことを知ってから、私に対する社長さんの態度は変わりました。事あるごとに、私にいやらしい言葉をかけてくるようになりました。残業は益々増え、休む時間を確保するために食事を抜くことも間々ありました。支援の方に転職を勧められたこともありましたがお仕事を辞める気にはなれず、可愛い弟妹たちへの仕送りは怠りませんでした。たとえ私の身体を犠牲にしようとも、あの子たちにはよい大学を出て、幸せな暮らしをして欲しかったのです。それが私の、何よりの願いでした。
ある朝、私は自分の部屋で倒れました。出勤前の化粧を終えて立ち上がろうとしたら、手足が動かなくなりました。そういえば最近は忙しくて、お医者様に薬の調整をしていただくことができないでおりました。その間に私の身体は、今の薬がより効きにくくなるよう体質が変わっていたようです。それでも何とかテーブルの上の薬に手を伸ばそうとしました。そこへ支援の方が都合良く、合鍵を使って部屋に入って来ました。
「キョウイチさん――」
私は言葉を絞り出しました。そこの、薬を取ってください――
しかしキョウイチさんはそれをせずに、ご自身が持っていたアタッシュケースから1本の注射器を取り出しました。その時すでに私は目もかすんでおりましたので、注射器の中に何が入っているのか、よく見えませんでした。キョウイチさんは私の側に来ると、私の首にその針を刺しました。
注射器の中の液体が身体の中に入って来る感覚と同時に、私は自分の頭の中が溶けてゆくような感覚を覚えました。きっとこれは楽になる注射なのだろうと思いました。私が最愛の弟妹の名を呼ぶと、キョウイチさんは私の手を握りしめて言いました。
「ご家族のことは僕が面倒を見ます」
だからもう、安心して。と――
「先輩!」
細田は目を開けた。目の前にはかつての同僚の姿が見える。
「ノア……」
「よかった!元に戻れたんだね!」
喜びに満ちた声でノアは細田に抱きついた。確かに今の細田の顔は、まるで憑き物が落ちたかのような清浄さに満ちていた。細田はすぐに自身が置かれている現状を察すると、喜びもそこそこに、一同に秘密を打ち明け始めた。
「あの薬、コロニャンウイルスの『特効薬』と呼ばれているものですが」
一同の顔が引き締まる。
「あの薬には、コロニャンウイルスを一時的に弱らせ、その後しばらくして再活性化させる成分が含まれております」
「もしやその薬を大量に製造して……!」
ちょうまの閃きに細田は頷いた。
「そう。それを世界中の皆様に、我がグループが開発したワクチンとセットで提供すれば、ワクチンの効果が切れる頃には、再び活発化したコロニャンウイルスによって事情を知らない皆様方は全滅。ですが、その『特効薬』を接種し続けさえすれば、最悪の事態は免れます。つまり――」
細田は口元を悲しげに歪ませた。
「『特効薬』の接種を進めてゆけば、やがて世界中の皆様のほとんどは、その薬なしでは生きられない身体になります」
一同は息を飲んだ。さらに細田が続ける。
「それだけではありません。この薬は散布用としても機能します。そしてまもなく市中散布の準備が完了いたします」
「それをどこで撒くの!?」
「私が言えるのはここまで。……ノア、私は手術によって、『彼ら』に逆らえない身体にされてしまいました。ですから私の意識が残っているうちに、私はここで終わろうと思います」
「そんな!ダメだよそんな、折角戻ったのに!」
「なんだかすごく申し訳ないです。小生の身内が迷惑をかけてしまって」
反省の色を全面に出した様子でちょうまが謝罪した。
「いいの。全ては彼らにつけこまれてしまった私の弱さが原因。私のほうこそ、皆様にお詫びを、しなければなりません」
そこまで言うと細田はノアの頬を撫で、彼女に向けて柔和な笑みを浮かべた。
「最期に、あなたに逢えて、よかった。――ありがとう」