特命ミッション H.R.J 獄の章4
一方Kたちは、Kの精霊の導きによって楼閣の中心部ともいえる部屋に到達していた!
そこは階のほとんどが大きな1つの部屋になっており、階下から突き抜けるようにして育った大樹が庭園のような雰囲気を醸し出していた。周りにはホタルのようなものが幾つも漂っている。その光景にしばし圧倒されていた一同は、部屋の中央にいる人物の存在に気が付くと、緩みかけていた緊張の糸を再び張り直した。
「自力でここまで来るとはな」
アマツは木の上で寝そべっていた身体をゆっくりと起こした。
「道中楽しかったか?」
「まあね。ヒロにゃんにも会えたし!」
ノアがファイティングポーズをとりながら答えた。
「あとはあんたをぶっ倒すだけだよ」
「怖い女だの」
アマツは鈴のような声で笑うと、木から降りて床に足をつけた。
「最近の女は皆こうなのか?まあそれはどうでもいい。まだ狂壱の舎弟と話がついておらんのでな、お前たちには待っててもらいたいと言いたいところだが――」
アマツのその言葉が終わらないうちに、とみは彼に高速で突進し斬りかかった。その衝撃に押されて吹っ飛ぶアマツ。
「ごたくは聞き飽きたわ」
とみはそう吐き捨てると、倒れたアマツの上に跨って、すぐさま次の手を繰り出した。自身の懐から細く鋭いワイヤーロープを取り出すと、それをアマツの首に巻き付け、勢いよく左右に引いた!
アマツの首がポロっと落ちた。たまらず顔を背ける一同。
「お前には情というものがないのか?」
首だけの姿で、アマツは悲しそうに言った。
「私がどれほどお前を焦がれていたか分かるか?」
「知らん」
容赦のないとみはアマツの首を掴むと、その額に小刀で印のようなものをつけた。そして彼の胴体の服をめくると、その胸の中央にも同じものを刻んだ。
「何をしている?とみ。何も見えないぞ」
アマツの言葉に耳を貸さず、無言で処置を続けるとみ。次に彼女が取り出したのは、あの銀色に輝く小太刀だ。多少刃こぼれしているものの、その切れ味は未だ健在で、あと数回は効力を発揮しそうである。とみはそれを両手で持ち刃を下向きして掲げると、短い呪文を唱えてアマツの心臓部分をそれで貫こうとした――
だが、とみはあることに気付き、アマツの身体から離れた。
「……違う」
「どうしたの?とみさん」
「こやつは真のアマツではない」
「なんですって!?」
「全くの別物じゃ。あいつの身体がこんなにやわなわけがない」
そう言うととみは素早く小太刀をしまった。
「こやつに止めを使うわけにはいかん」
「……折角甘んじて受けてやろうと思ったものを」
生首は少年と大人の混じったような声音で話すと、息を大きく吸う仕草をした。当然肺とは繋がっていないのでそれは無意味な行動に見えたが、なんと、辺りに浮いていたホタルのようなものがみるみるとその口の中に吸い込まれていくではないか!するとどうだろう、首と胴体がひとりでにくっつき、とみが刻んだ印も綺麗に消えていった。どうやらこのホタルのようなモノは、彼らにとっては生命力の塊のようなものらしい。思わず後ずさりするとみ。
もとの愛くるしい姿に戻ったアマツはゆっくりと立ち上がって襟を正すと、とみに向かって意地悪な笑みを浮かべた。
「私はどこにいるかのう?」
「ど、どうするのとみさん――」
「だめだ!逃げられなくなってる!」
ヒロにゃんが叫んだ。外廊下があったところには暗黒空間が広がっている。今やこの部屋は、外界とは完全に切り離されていた。
「まんまと罠にはまってしまったかしら?それなら力づくで抜けるしかないわね」
Kはそう言うと、すぐさま精霊のチカラを結集し、それをアマツに放った!
だがアマツはそれを片手で受け止めると、
「面白い芸を使うのだな。しかしもう少し工夫をせんと」
たちまちそれを掌で握りつぶした。
「すぐにこうなるぞ」
ああ、こんな時にSの力があれば――
「えっと、まとめるとですよ!」
Kたちにとっては非常に不利な戦闘の最中、急にヒロにゃんが場の空気を読まずに仕切り始めた。
「Kさんたちはそこの坊やを追いかけて来たんですが、求めてたのとはちょっと違う展開だったってことですね!?」
「いくらなんでもざっくりし過ぎでしょ!まー半分当たりね~」
寺生まれのKは自信満々に説明を始めた。
「おそらく意識は本物ね。だけど身体は別人。あの子の身体を借りて、悪霊が乗り移ってるって感じが近いかしら」
「ええ!?じゃあどうやって退治すればいいのさ!?」
「大丈夫よ、ノア。こういうのはね、どこかに本体があるものよ。その本体を叩けばきっと終わるわ」
「なるほど……」
とみは納得した。思い起こせば、非常に長い間アマツと離れていた彼女だ。その間にアマツの状態が変化しても何ら不思議ではないだろう。
「(まずはここから出るとするか)」
とみはそう決めると、人ならざる感覚を総動員させてこの空間の動きに集中した。そして彼女は一瞬にして空間の中にある一点の歪みを見つけた。あそこを突けば――
「何をそんなに話し合っておるのだ、とみよ」
愛らしい顔をしたアマツが微笑みながら近づいてくる。
「私も混ぜてくれんか」
「K!」
とみはKに鋭く呼びかけ、空中にある一点を指差した。
「あそこを射れ!!!」
Kはその言葉に本能のごとき素早さで反応すると、とみが指差した方角へ向けて精霊のチカラを発射した!
「ようやくお前とひとつになれる、シノブ。桜の木の下で兄妹仲良く結ばれるとは、実にロマンティックじゃないか」
Kたちが戦っている階とは別のフロアにある屋内庭園では、狂壱がちょうまを追い詰めていた。彼はちょうまの上に馬乗りになり、その両手を繋ぐようにしてホールドしていた。傍らの池では、透明な球体型のカプセルに閉じ込められたリリーがぷかぷかと浮かびながら手足をじたばたさせている。
「に、兄さんに……この心は、わたさ、ない……」
「無駄な抵抗はもう終わりにしろ、シノブ。これから先、誰がお前をメンテナンスする?お前はとっくに僕なしではいられない身体になったんだよ」
それは暗に、ここからは逃げられないことを意味していた。
「本当はお前が羨ましかった。向こうの家族の愛を一身に受けて育ったお前が」
狂壱は切ない表情を浮かべて語り始めた。
「その点僕を理解してくれる人間はいないも同然だった。物心ついた頃には実母は他界し、僕に無関心な父親と、彼の3番目の女に育てられ――」
狂壱の、ちょうまを握る手に一層の力が入る。
「だから僕は、たったひとりの肉親であるお前だけに愛情を注ごうと決めた。そしてお前と一つになりたいと願い続け、そのための努力は惜しまなかった。なのにお前はいつも僕とすれ違ってばかり――」
「そ、そんな……」
「僕は生きながらにして幽霊のような扱いだった。周りの大人たちは僕の身を気遣っている様子だったが、実際はお前から僕を遠ざけているに過ぎなかった。だから」
「それは違います!みんな本当に兄さんのことを心配していて――」
「あいつらが原因だったんだ。お前とろくに会えなかったのは」
そこまで言うと狂壱は急に笑顔になった。
「けれど今は違う。ここに邪魔者はいない。お前と好きなだけ話ができる」
「兄さん、今更かもしれませんが、やはりあなたは狂ってる」
「何とでも言うがいい。どのような形であれ、お前に想われているだけで僕は――」
狂壱はまぶたをクワッと見開くと、いよいよちょうまの全てを蹂躙しにかかった。
「これからずっと、相思相愛だね」
その時、近くの階で轟音が響いた。Kたちが暗黒空間からの脱出に成功したのだ!そしてドヤドヤと騒ぎながらちょうまたちのいるフロアまでやって来た彼女たちは、目の前で繰り広げられようとしていた禁断の光景に息をのむと、早速口々に何かを言い出した。
「ちょっ!?何やってんのアンタたち!」
「ち、違うんですKさん!これは――」
「何が違うのよちょうま!コラ狂壱!そのみっともないものをしまいなさい!」
「あっ!リリーちゃんが池で浮いてるよ!とみさん、助けてあげてよ!」
「よっこいしょ(カプセルをたぐりよせて刀で割る)」
「フニャ~、助かったゼェ」
「よかった!もぅ~リリーちゃん、心配したんだからね!」
「おぉっ、何かよく分からないけど熱い展開!」
「えっ、何でヒロにゃんくんがここにいるんですか?しかもその格好、オムツ卒業して今度は人間ドック帰りですか?w」
「その言い草はないじゃないですかちょうまさん~。何で俺だけこんなに笑われなきゃならないんですか~。あぁ~早く元の世界に帰りたい!」
「……アマツ先生は?」
「あぁ、あの子ね」
狂壱の問いかけに、Kはドヤ顔で答えた。
「バッチリお祓いさせてもらいましたわ!」
暗黒空間が破られた瞬間、少年アマツのチカラは急激に弱まり、Kによってその身体は浄化させられていた。だがまだ油断はできない。本体がどこかにいるはずだ。
「狂壱、お前さんならアマツの本当の居場所を知っているであろう」
「教えてよ!用事が済めばすぐに出ていくからさ!」
「いくら君たちの頼みといえど、ご神体のある場所を話すわけにはいかない。どうしても知りたくば――」
狂壱は静かに立ち上がると、腰に下げていたサーベルを鞘から抜いた。
「僕を倒してみるがいい」