特命ミッション H.R.J 獄の章6
屋内庭園での戦闘はいよいよ激しさを増していた!
もはや心身ともに満身創痍のノアは、戦闘不能となり床にうつ伏せになっていた。その横には火を噴きすぎて疲れたリリーと精霊力を使い果たしたKが、立ち上がる気力すら削がれて身動きがとれないでいた。
そんな彼女たちとは正反対に、延々と打ち合いを続けるとみと狂壱。全身を強く打たれるような状態になってもなお、二人はその動きを止めることはなかった。
「なぜ眷属であるあなたが、こんなにも強い力を?」
長い打ち合いの最中、狂壱は不思議そうにとみに問いかけた。
「年の功というやつだ」
彼女は短く答えると、狂壱の懐に飛び込み、彼の腰のあたりを何度も刺した。彼はその傷を即座に再生させると、とみを強く抱きしめ、彼女の上半身の骨を何本も折った。
「こんなことを続けていても、あなたは救われませんよ」
憐れみを含んだ声で狂壱が囁くと、
「分かっておる」
骨をへし折られながらとみは答えた。
「だが、わしは道理に外れたことを見ておれない性分でな」
とみはわざと自身の関節を外して狂壱の抱擁から逃れ、そのまま床をゴロゴロと回転しながら形勢を立て直した。
「これ、決着つくの?」
二人の戦いを壁に寄り掛かりながら見ていたKは、気だるげな様子で呟いた。
こんなに長くかかっていたら、一同がこの空間に取り込まれてしまうのも時間の問題だ。事態がマンネリ化し始めてきた、その時であった。
「聴いてくださいみなさん!」
突如、庭園にヒロにゃんの活気ある声が響いた!
「ご神体の居場所が分かりました!それは――」
「ちょ、ヒロにゃんくん!それはあまりに唐突すぎますよ!」
「止めないでくださいちょうまさん!それはこの中にいる――あなただ!」
ヒロにゃんは叫びながら、目の前にいる黒髪の人物を指差した。
「狂壱さん!あなたがご神体だ!!!」
「……まさか」
狂壱は戦いの手を止めて首を傾げた。
「そんな話は聞いていない」
「俺は嘘はついていませんよ!ちゃんと裏は取れてます!」
「根拠は?」
すると、ヒロにゃんの後ろから数名のアマツの一族が現れた。
「マリメイ……」
彼らの先頭にいたマリメイは、白い布に包まれたアマツのミイラを右手に抱き、左手の全ての指を真っ直ぐに狂壱のほうへと向けた。
その瞬間、その場に居た全員がその意味を悟った。
「ご神体に選ばれた者は、破壊や争いの心を手放さなければなりません」
マリメイは、ちょうまとヒロにゃんにそう語っていた。
「たとえ一族の多くが破壊の衝動に揺らいでいたとしても、ご神体は献身と中立の精神を保ち続けなければならないのです」
「それを破るとどうなるんですか?」
「この掟に逆らう者は、やがてその力を失うでしょう」
かつて一族を統べる役割を担ったアマツは、ご神体となってもなお、自身の残虐な心を完全に鎮めることはできなかった。それは彼にとっては、滅びのレールに乗ることに等しかった。
そして自身の眷属となったとみの手によって致命傷を負ったアマツは、掟に背いた代償として、やはり完全に復活することはなかった。彼の精神は、ゆっくりと崩壊していく自らの肉体の周りを漂いながら生き永らえ、時には直系の意識と同化しながら、その存在を辛うじて保ち続けていた。
ご神体とはすなわち人柱。
選ばれし一人による究極の自己犠牲によって、アマツ一族の血脈は守られてきたのだ。
「掟に従おう」
狂壱はサーベルを鞘にしまうと、それを床に置いた。
「随分潔いわね」
「君たちと会えなくなるのは寂しいからね」
Kの言葉に、彼は目を細めながら答えた。
「少々もどかしくはあるが、これで我々の計画はご破算だ。ふふっ、実に運がいいな、君たちは」
「あなた、詰めが甘いのよ」
「……そうかもしれないね」
そして彼は一同をしみじみと見つめた。
「君たちの今後の活躍を、ここからじっくり見させてもらうよ。シノブ、たまには兄さんのメンテナンスを受けにここに来るんだぞ」
「そんなに会いたいならたまには来てあげますよw」
と、ちょうまは悔しさと切なさと嬉しさの入り混じった表情で答えた。
そのやり取りを見ていたとみは、マリメイのもとに歩み寄った。
「わしのことを憎んでおるか?」
「いいえ」
とみの問いかけに、マリメイははっきりと答えた。
「アマツは誰よりもあなたを愛していました」
マリメイは、とみに小さなミイラを渡した。それはとみの腕の中で静かに脈打つと、たちまち砂のように崩壊し、跡形もなくなった。
アマツ一族との和解を済ませた一同は、元の世界へ戻り、海の向こうの朝焼けを眺めながら語らっていた。
「結局本物の特効薬は見つからなかったけど、これで少しでも世界が平和になればいいわね」
Kがそう言うと、ノアは元気よく返事をした。
「わたしは結構楽しかったよ!生のヒロにゃんにも会えたし!(2回目)」
そして彼女は隣にいたヒロにゃんを思いきり抱きしめた。
「まずは恋人から始めようねっ!」
「はっ!?はいぃ……」
「おまえはスーパーポジティブやな(笑)」
と、2人を見ながらにやけるリリー。ヒロにゃんに注入されたワクチンの毒気は、狂壱がくれた解毒剤と、Kの精霊の癒しによってすっかり消えていた。そのことを思い出していたちょうまは、ふととみに訊ねた。
「そういえばとみさん、アマツの呪いは解けましたか?」
「いや。どうやらあやつとの縁はとっくの昔に切れておったようじゃ。こうなっては、この身こそ我が運命(さだめ)。なるように生きていくだけよ」
「アタシは今のとみさんのままのほうがいいな。また面白い昔話を沢山聴かせてよ」
「うんうん、生きてたらきっといいことあるからさ、もっとわたしたちと一緒にいようよ!それでみんなもっともっとハッピーになろう!」
「ひぇひぇ、そうじゃな」
とみは人懐こい笑みを浮かべると、遥か遠くの水平線を見つめた。
「お~い」
遠くで一同を呼ぶ男の声が聞こえる。声のするほう――桟橋の上のコテージに目を移すと、そこにはイワ夫妻が一同に向かって手を振っていた!
「久しぶり~」
「丁度これからBBQをやろうとしてたんだよ。よかったら一緒にどうだ~い?」
「わあ!お腹ぺこぺこ!ねね、みんな行こうよ!」
はしゃぐ気持ちを隠せないノアは、我先にとコテージのほうへと走って行った。その様子を見ながら、ヒロにゃんは興奮した様子でちょうまに言った。
「南の島、BBQ……ちょうまさんの言ってたこと、本当になりましたね!」
「まじでw二代目Kさん襲名でもしちゃいますかw」
「アンタたちなーに言ってんのよ。アタシの代わりなんか100万年早いっつーのw」
Kは笑いながら捨て台詞を残すと、ノアのあとを追いかけて行った。
「俺たちも行きましょう!」
そして残されたメンバーも駆け出していく。
フルメンバーでBBQを楽しんでいると、イワ氏の奥方がクーラーボックスを取り出してきた。本日の目玉、南の島のアイスケーキだ!
「開けま~す」
奥方の掛け声ととともに蓋が開けられた瞬間、
「チュルルン!」
中から出てきたのは、成仏したかと思われていたツルリンだった!
「ツルリン!あなた無事だったのね!」
「ツルルッ、ツルッ!」
「なんかお花畑を歩いてたらいつの間にかここに入ってたらしいで」
と、通訳のリリー。
「えぇっ!それは一体……」
「わしじゃよ、わし」
とみが静かに主張した。
「つまりとみさんがご自分の意思でワープを出して、ツルリンをここに呼び寄せたんですね!」
ちょうまの解説に、とみは微笑みながらウインクをした。
「とみさんも粋なことするね!そうだ!ツルリンもへいりんじに住まわせてあげようよ!」
ノアの提案にKは頷いた。
「そうね。ツルリンはどう思ってるのかしら?」
「チュルルン!!!」
「めっちゃうれしそうやんね」
その言葉にKは満面の笑みを浮かべると、ツルリンをぎゅっと抱きしめた。
――ありがとう。