====== 僕のジェンダーアイデンティティ2025 ====== 先日の[[+tab|2801|政治スタンスの話]]に続いて、この話題についても今年中にまとめておく。 僕はXジェンダー(より包括的に言えばノンバイナリー)でアセクシュアル(無性愛者)だ。 いつ頃からか、こういう人はLGBTQの中ではTやQや場合によっては+の一部に分類されるようになったらしい。でも自分ではTの自覚はなくて、そういう分類がされる前からこういう状態だったってことなんだ。 僕はXジェンダーの中では、見た目も内面も「無性」に近い状態だと自覚している。いわば一般的な人間が第二次性徴期を迎えて、男と女の状態に明確に分化する前の状態だ。念のため民間の会社で遺伝子検査をしてもらい、大学病院にも相談に行ったが、病院では検査すらさせてもらえず生物学的にはまだよく分からない。厳密な三人称は彼でも彼女でもないが、他者が僕に感じる印象について特別なこだわりはない。つまり僕は無性であるが故にミスジェンダリングとは縁遠く、他者からどんな性別に思われても気にしないということだ。 また、一人称が「僕」ということについては、それが今の自分の状態に最も合うと感じているからだ。 僕は毎日化粧をするしたまに筋トレをすることもあるけど、それは女性性や男性性とは別のところにある話で、自身の美的な価値観に基づいてやってることだ。 多くの人は美しいものが好きで、それは僕も同じだ。だから見かけだけでも相手に良く見られたいというのは、ルッキズムなんかじゃなくて、ごく一般的な前向きな感情だと思うんだよ。 それに僕は人にとって最も大切なのは内面だと思っているから、相手を不安にさせないためにはどう接すればよいか、迷惑をかけずに生きるにはどうすればよいか、などということを毎日考えてる。考えたうえでこんなこと書いてるんだから、これからもずっとこんな感じなんだろうな。 ---- 次に性的指向についてだ。 これは未だに驚かれることなんだけど、僕は他人に対して性欲を抱くことはほとんどないんだ。 潔癖症と思われるかもしれないが、人と人が交わるというと、どうしてもお互いの菌の数(!)や性感染症のリスクなどを思い浮かべてしまって、生物学的な性交渉は不潔なものという意識が子供の頃から定着している。性的快楽なんて一瞬の気の迷いに過ぎないし、人が人を求めるなんてある種の依存症のようなものだ。 僕の父親は若い頃から自身の欲望に忠実な生活を送っていて、逆に母親は敬虔かつ神経質なシスターのような性格で、そういう人たちのもとに生まれた僕自身は生まれつき免疫が弱くて病気がちだったから、尚更そう感じるのかもしれない。 それに僕はキリスト教徒ではないけれど、子供の頃に読んだ聖書に書かれていた、 「情欲を抱いて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである」 という一文が自分の中で強く印象に残っていて、現実に存在する相手をそうやって心の中で穢す人に対して強い拒否感を覚えるんだ。 他人の心の中なんてどうやって覗けるの?と思うよね。僕もこれ書いててそう思ったけど、そういうよからぬことを考えてる人って、観察してると何となく分かるんだ。目つきとか呼吸とか仕草とか、全体の印象とかからね。僕は男女問わず人間のそういうところが苦手で、無意識のうちに人と距離を置くようになってしまった。そんな性格だから、もうちょっと社交的になれたらいいなと思うこともたまにあって、でもその後すぐに「今のままでいいや」となるんだよね。 「そう言いつつあなたはアダルト向けの作品も書いてるじゃないか」 と思われる方もいらっしゃるかもしれない。 そうなんだ。でも、一般的な人間が持つ生々しい欲望と、より限定され洗練されたフェティシズムとではちょっと違うと思うんだ。さらに分かりやすく言えば、三次元と二次元(もしくは2.5次元)は別物だよね。つまりはそういうことで、要は現実的なリスクがあるかないかの違いなんだ。 今はこれ以上の説明は思いつかないなぁ。 では赤ちゃんを作る目的での行為も穢れと捉えているのか?と問われると、僕はそんな風には全く考えていない。 たまにノンバイナリーやXジェンダーは反出生主義者と混同されがちだけど、僕個人としては世の中に赤ちゃんが増えたほうが良いに決まってる。 だって赤ちゃんが産まれなくなったら人類は絶滅してしまうから、それはみんな困るよね。だから赤ちゃんを作る目的でのそういう行為は重要だし、もっと神聖視されるべきだと思っている。 僕自身は母親の10年近くに及ぶ不妊治療の果てにようやく生まれることができた。でも僕は致命的な不妊遺伝子の保因者だから子孫は残せない。だから子供が欲しくて余裕がある人は、僕の分までどんどんチャレンジしてほしい。 僕は人に対する愛欲はないけど、自分と似た人に対するプラトニックな恋愛感情なら多少はある。 自然や動物を慈しむ感情や、かわいいものや子供たちを愛する感情もある。 自分にとってはそういう気持ちがあれば十分で、これからの人生どう生きていくか、それを考えることが今一番楽しいんだ。 ---- ジェンダーっていうのはさ、余程生まれつき変わった特徴とかがない限りは、周囲の環境や教育によって後天的に育まれていくものだと思うんだよ。言葉遣いやファッションや考え方、人はそういう概念を繰り返し学習し経験して、生物学的な性とは別の、それぞれのジェンダーを作り上げていくんだ。 その中には男や女といったベースの考えがあってもいいし、なくてもいい。思いや感じ方は人それぞれだから、他者のそういう考えを無理して真似たり、それを人に強制しなくてもいい。 そうやってそれぞれのマインドを自然に尊重し合える社会が、本当に差別のない世の中なんじゃないかと僕は思っている。 未来ではLGBTQ+なんて用語はなくなっていて、そんなことを誰も意識しなくなっていてほしいんだ。