====== 気になる症状を明らかにするために 4 ====== [[+tab|1301|前回]]は、大学病院の皮膚科で骨髄性プロトポルフィリン症の血液検査を受けた結果、陰性だったという話をした。それはとても良いことで、これで自分の中でまたひとつ原因の絞り込みができた。 光線過敏と腹部の異常に当てはまる他の病気といえば、膠原病だ。特に全身性エリテマトーデス(SLE)。幼少期からこれまでに至る症状を整理した結果、この病気がヒットした。昨年の異常が肝臓ではなく腎臓で起きていたとすれば皮膚が黒ずんでいたことも納得できるし、紫外線やストレスなどで悪化することも自身の症状と共通している。 SLEもまた指定難病で、数千人に一人が発症するとされている。患者数はポルフィリン症よりも遥かに多いが、やはり診てもらえる病院は限られているらしい。できれば膠原病内科、最低でもリウマチ科だ。 などと考えながら病院を探していたら、幸いにも近所にリウマチ科を見つけた。そこのサイトには膠原病の相談も受け付けていると書いてあったので、早速これまでの経緯をA4の紙4ページ分にまとめて、前回の血液検査の結果と、念のため昨年に受けた遺伝カウンセリングの結果も用意してそこへ相談に行った。 ---- 実は少し前にも、SLEのような次の症状が出ていた。 2/8の深夜0:30頃、帰宅する家族のために玄関の雪を数分ほどかいていたら、手の指先が紫色に変色した(レイノー現象らしきもの)。 2/13に大学病院の皮膚科へ行く数日前、口の中の上顎部分に小さな口内炎ができた。それは若干の痛みを伴って数日後に消えたが、それからしばらく喉がおかしい感じがしていた。その前後に下顎が開きにくい感覚を1~2日感じていた。そして13日に血液検査の結果を教えてもらった頃に頭の左側に痒みが生じた。 その後鼻血が増えて、鼻の付け根の軟骨周辺が膨らんだ。その影響で鼻詰まりが起きて微かな頭痛もしだして、その息苦しさに夜中に目覚めることもあった。 それも数日後におさまり、次に全身に痒みが生じ始めた。具体的には腰や腹部や背中や胸の順に始まり、乳首や太ももや足首にも症状が表れた。痒みのある場所に赤みや発疹などはなく、体の様々なところに転移するような痒みだ。始めの1~2日は悪寒を感じ、この痒みによって連日眠りが妨げられている。 そのような痒みを未だ感じつつ、今から2日ぐらい前から左顎の上下に知覚過敏のような刺激を感じるようになった。この刺激のせいでまた食欲不振気味だ。今月の歯科健診ではレントゲン撮影結果も合わせて異常がなかったから、これがメンテナンスの不備によるものか、あるいは季節的なものかはしばらく様子を見ることにする。 体の痒み自体は特に珍しくないし十分耐えられるけど、これだけ様々な個所に立て続けに異常を感じたことは始めてだ。思い当たることといえば昨年の体調不良で、それがきっかけでこのような細かな症状が出ているとしたら、やはり膠原病を疑ったほうがよいだろうと考えた。 2/26追記 痒みで目が覚めることは少なくなくなったが、小さな痒みと左下顎の知覚過敏のようなものは未だ続いている。 3/2追記 数日前から左上顎の奥から3番目の歯の上の痛みが続いていたが今は軽快している。体の痒みはたまにある。 ---- そして今日、前述のリウマチ科を受診した。 簡潔に言うと、そこはあくまでリウマチ専門で、膠原病の検査はしてもらえなかった。ただし、症状がハッキリ出ている時に受診をすれば、大学病院へ紹介状を書いて向こうで検査をしてもらえるらしい。でも今の僕は問題なく動ける状態だから、検査に至ることはできない。つまり今の僕にはこれ以上の医療は必要ないということだ。 「去年(ここに)来れば良かったですね」と僕が言うと、先生は激しく同意していた。 先生とのその会話から、やはり膠原病を診察できる医療機関はかなり限られているのだなと思った。事前に先生の返答を何パターンか脳内シミュレーションしていて、このパターンが来ることも想定済みだったから特に動揺することはなかったけど、やはりこういうところでも医療格差を感じた。 僕のようなある程度動けて自身の状態を説明できる者ならともかく、世の中には他者と話すことすら困難で周囲のサポートなしには出かけられない人もいる。そういう人たちにとっては、医療サービスにアクセスする段階ですら大きなハードルになり得る。今後この格差が少しでも小さくなっていくことを願っている。 ともあれそこの診察券は作ってもらえたから、今後もし膠原病のような症状が出たら大学病院に紹介してもらえる体制を整えることはできた。そう考えれば、今回の受診は無駄ではなかった。 でもなるべく周囲に手間や迷惑はかけたくないから、そのためにも色々と我慢し過ぎないよう気を付けないとね。更年期障害という可能性もあるから、必要以上に気にし過ぎないようにすることも大切だ。 ---- /* 今回の件は詮索好きな親に知られないようコッソリ行ったんだけど、やはり後からバレてしまった。それでなぜ行ったのか問い詰められたから正直に話したら、また「馬鹿じゃない(馬鹿じゃないの?という意味)」と言われちゃってさ。昨年はその親に「精神病」などと言われていたからそういう罵倒には慣れてるけど、やはり自身の心身の状態について親族から十分な理解を得られないというのは、なかなか人を歪ませるね。 僕は親に対して、自分のことについては訊かれない限りは話をしないと決めている。僕にとってはそのほうが平穏でいられるんだ。 もしこれを読んでいる誰かの中に子供がいる人がいたら、自分の子供が何かを訴えているときは、それを無下にせずにちゃんと耳を傾けてあげてね。その積み重ねが、子供からの信頼をより厚いものにしていくんだよ。 どこの誰だって、親子関係は良好なほうがいいに決まってる。 ---- */ これを書き始めた当初は自身の気持ちをもう少し強めに吐露するつもりでいたけど、こうやって気持ちを整理しながら書いているうちにだいぶ楽になった。 言葉というのはそれを理解できる相手に対して何らかの影響を及ぼすものだから、あんまり不穏なことを書くと読み手の心が汚れてしまう。そして何よりその言葉は、巡り巡って自分自身に跳ね返ってくるんだ。そのことに気付かせてくれたのが昨年の体調不良だ。 最近まで自分はメンタルが強いほうだと思っていた。しかし実際は、自身の気持ちや外部の影響を非常に受けやすい体であることに気付いた。だから心が大きく動いた時は、それを体が上手く受け止められるか気を配る必要がある。なんてこった、プラスチックより脆いじゃないか! でもそのような自制の継続が心身の健康に繋がり、自壊を防ぐことができると考えれば、それを続けていく意義はあるだろう。 そして人の痛みを理解するために痛みを知る機会を与えてもらったと思えば、これは貴重な経験だ。 誰にも理解されなくたって、自分のことは自分が分かっていればそれでいいんだ。 頭では分かっていたが、ようやくそういう結論に達した。これが経験が知識に勝った瞬間だ。