====== 今回の靖国参拝に関する高市総理の対応について ====== 最初に僕の意見を一言で述べると、こういうことはね、政治問題にするべきではない話なんだよ。 歴代総理が慎重に扱ってきたこの件に対して、今回高市総理は社殿に参拝こそしなかったが、離れた場所から社殿の方角に向かってお参りをする遥拝というやり方でご自身のお気持ちを示した。これは現在の高市総理の立場としては最良の選択だったと僕は思っている。 日本の首相が靖国神社を参拝することに対して本格的に話題になったのは1985年。当時の中曽根康弘首相が、戦後初めて内閣総理大臣として靖国神社への公式参拝を行ったんだ。これについて朝日新聞が言及した後に中国政府が文句を言ってきた。個人的に朝日系列は外資と同等と捉えているから、つまりこの件は外の人が半ば強引に火をつけたということになる。 祖先を敬う気持ちというのは日本では尊いことで、特にお盆の時には多くの人がそれを実践している。近年では宗教に対する考え方もだいぶ変わってきて、それに伴いお墓の在り方やお参りのスタイルなどが見直される機会が増えた。それでも日本人の心のどこかには、古い人々に対する畏敬の念が今もあると僕は感じている。 そのような信仰を抜きにしても、故人を思う気持ちは国を超えて様々な人が持ち合わせているものだ。それは宗教を超えた純粋な祈りであり、人が人であるが故にそれを行うことができる。そのような気持ちを無理に止めさせることは精神の侵害であり、本来は誰もしてはならない。 歴史を捨て、信仰を捨て、金と慢心で肥大化した大きな赤ん坊には、このことは一生理解できないだろう。 なお、これは僕の想像だが、世の中には世界秩序を変えるためのプロトコルが幾つも用意されていて、その中に日本の首相が靖国神社を参拝することが含まれているのかもしれない。それは総理になることで初めて理解させられる事実であり、それはアメリカとの約束によって、しかるべき時に行われる重要な儀式という位置づけになっている可能性もある。 そう考えると、今回高市総理が靖国を参拝しなかったことについて、いたずらに文句を言うのは少し浅はかな行為のように思えてくる。 他国の行事に口を出すのは論外として、それぞれの国に事情があり、それぞれのやり方でバランスを取っている。どのような物事にも理由があり、その真意はときに隠される。 それが明らかにされないというのは、ある意味幸せなことかもしれない。一方で、それが心苦しく感じるのであれば、自らの思考を変えるか、環境を変えるか、行動を起こすしかないだろう。ときに無関心でいることも立派な意思表示だ。 とにかく皆、あまり熱くならずに、寛容な心でいようじゃないか。