====== あいつは僕を離さない ====== 昨晩の夢は、全体の何割かは夢で、もう何割かは夜明けのまどろみの中で流れるイメージのようだった。 そんな夢とイメージが何往復かしながら繋ぎ合わされて、このエピソードが出来上がった。 ---- その夢の中で僕は、四角いプールのような形をした湖のほとりにある、木造平屋建ての白いコテージにいた。そのコテージにはもう一人の僕(便宜上カゲと呼ぶ)がいて、どうやら僕たちはそこにしばらく滞在しているようだった。 カゲは僕と姿形は似ていたが、僕よりも5~10歳ぐらい年上のような精神的な隔たりがあり、言動がシャープで表情が薄く、何を考えているかよく分からないような性格をしていた。 その中で僕はロランと呼ばれていた。ロランは僕のハンドルネームだから、これは何もおかしなことではない。だが、カゲの名前は分からなかった。実はこの夢を見るずっと前からカゲの存在は認知していて、どうにかして彼の名前を知ろうとしていたんだけど、手掛かりすら掴めなかった。適当な名前で呼ぼうとしてもなぜか呼ぶことができず、あるいは返事すらしてもらえず、そのようなやり取りから彼には名前は必要ないようにも思えた。 ある時、僕はコテージの外で白いワンピースを着た一人の少女と出会った。彼女は小柄な中高生のように見えたので便宜上少女と呼ぶが、もしかすると見た目よりも年長の存在だったのかもしれない。 少女は僕に友好的に接してくれて、僕たちはすぐ仲良くなった。そして僕は少女からやや小ぶりの腕輪をもらい、その腕輪は僕の左手首にピッタリとはまった。 少女と交流した後に、僕はコテージに戻った。コテージの周りには背の高い木々が生い茂り、他にも別荘が点在していたが、いずれも放置されているようで誰もいなかった。 カゲは戻ってきた僕を見ると、すぐに自身の手の平を僕に近付けて、そこから沢山の細かな触手のようなものを僕の頭や体の中に伸ばし、僕の心の中を覗こうとした。これは毎回彼にやられていることで、彼は僕が外で何をしてきたか、その記憶や感情までも知ろうとしていた。 だが、そこでカゲはいつもと違う違和感——僕の心の中を詳細に覗けないことに気付いたようだ。 それでもその日はそれ以上のことはなく、次の場面へと移った。 その日も僕はコテージの外で少女と交流をしていた。少女はカゲと二人っきりで暮らしている僕のことを案じて、僕を人間の世界に連れ出したがっているようだった。少女のその気遣いに対して、僕は少しも悪い気はしなかった。彼女は思いやりのあるいい子だ。僕は彼女との関係性を大切にしたかった。 僕は少女を連れて、コテージの玄関まで戻った。するとすぐに扉が開いてカゲが出てきた。彼は少女を見ると「こんにちは」と挨拶をした。 カゲの姿を見た少女は驚き、その顔には恐怖の色が浮かんでいた。僕は二人の間で何か言おうとしたが、少女は動揺したまま、足早に自身の居場所へと戻っていってしまった。 去っていく少女の後姿を見ていた僕は、いつの間にかすぐ後ろにカゲがいることに気付いた。僕が振り返ると、カゲは僕の両方の二の腕に触れて、その手をゆっくりと下ろしていった。そしてシャツの袖に隠れていた左手首にあるものに触れて、 「なにこれ」 と呟いた。 僕はカゲに少女から腕輪をもらったことを簡潔に説明すると、場面が切り替わった。 僕とカゲはコテージの中にある、やや広めの正方形に近い白いバスタブの中にいた。丸裸になった僕たちは互いに向き合う形でそこにいて、カゲは僕の左手首に軽く触れながら何かをしていた。どうやら腕輪の外し方が分からないらしく、「これどうやってはめたの?」や「パズルみたい」などと言っていた。 僕はカゲの質問に対して適当にはぐらかして答えていたが、とうとうカゲは腕輪を外してしまった。彼はその腕輪をひとしきり眺めた後に、一瞬だけ仮面のような冷徹な表情でこちらを見た。 そして僕は心までも丸裸にされた。 次の日、僕は少女のもとに足を運んでいた。舗装されていない細い田舎道が彼女との待ち合わせ場所だ。少女と合流した僕は、彼女の居場所へと案内された。 少し薄暗い彼女の居場所には、テーブルや棚などに色々な道具が置かれていた。僕の目にはそれらは実験道具やレスキュー道具のように見えた。 そして少女と話をしようとした時、僕は自身に対して違和感を覚えた。この体、自分のもののようでそうではない。それもそのはず、その体はカゲのものだった。 その時僕の体はコテージのベッドに横たわったままで、カゲが何らかの手段で僕の意識を自身の体に移したんだ。それは僕に少女の居場所を案内させるため。そのことに気付いた僕は、少女に警告しようとした。だがすでに遅かった。 「お別れを言いに来たんだ」 主導権が本来の持ち主に戻った体が少女にそう語りかける。 「短い間だったけど、どうもありがとう」 それはカゲの口から出た僕の言葉だった。彼はわざわざ僕にそれを言わせるために僕をその身に取り込んで、後をつけてきたのだ。 その言葉を聞いた少女は全てを悟り、悲しそうな表情を浮かべていた。 コテージに戻ったカゲは、ベッドで目を閉じている僕に口づけをした。その瞬間僕の意識はあるべき場所に戻り、その瞳からは全てが終わったことに対する涙が流れた。 カゲはそんな僕を見ながら、ただ優しく微笑んでいた。