個人的に今年は激動の一年だった。
来年は今年よりも心穏やかに過ごせることを願い、今年中に今の僕の政治に対する考えをまとめておく。
僕のことを語る前に、まずは僕の周囲の人々の話からだ。
僕の母方の家は代々自民党寄りの家系で、祖父は退職後に自民党支持者となり、母も基本的に自民党を応援していた。
母は保守寄りのリベラルで、一見矛盾しているが意外とバランスのとれた考えを持っている。昔のフェミニストっぽい要素も多少あり、基本的に男嫌いだ。それは昔の男性優位社会を女性経営者として生き抜いてきたから、そうした立場がそのような性格を築いたのかもしれない。立憲民主党や共産党や社民党は大嫌いで、高市早苗さんと参政党に好感を持っている。同性愛とマッチョについては否定的だが、見た目が綺麗系のトランスジェンダーに対しては肯定的だ。
母は相手の人となりや行動をよく見てその人への対応をとるという考え方だから、特定の誰かに一目惚れして固執するという妄信的な要素はほとんどない。その点では現実をよく見ていると言えるが、たまに感情の高ぶりによって整合性のとれない発言をすることがあるから、そういう時は僕は反論せずに大人しくしている。
(だって反論すると、「お前は父親に似て屁理屈ばかり!」と返されて終わるんだ)
父とは一緒に暮らしたことはないが、父は自民党員バッジを持っていて、何名かの議員とも知り合いだそうだ。父も高市早苗さんを応援していて、リベラル色の強い野党のことは毛嫌いしている。
父の生き方はメチャクチャだが、考え方は保守的だ。特に人種や安保に関する話題では僕と話が合うから、電話で話をしていて、そういう話題で長話をすることもたまにある。LGBTについて父と話をしたことは一度もない。だが父は人の話はよく聞くタイプだ。
母方のある叔母は、僕のことを赤ちゃんの頃から面倒見てくれた人で、偏りの少ない考えを持っている。この人は一貫して国民目線、つまり自身の生活圏内に根差したものの考え方をする人だから、僕の親族の中では世間一般の多数派の考え方に最も近い人かもしれない。この人も政治に興味があって、僕とも度々そういう話をするのだが、僕が話をしていて一番楽しいと感じられるのがこの人だ。
母方の叔父に共産党寄りらしき人が一人いる。この人は経済については資本主義とは少し異なる考えを持っていて、自身に関わるコミュニティの利益を最優先とし、天皇制に反対している。普通に接すれば気の良いおじさんだが、僕とは考え方がだいぶ異なるので、政治の話をすると喧嘩に発展するのは目に見えている。だからこういう人とは政治の話は絶対にしないようにしている。
ここからは、上記のような人々に影響されて育った僕の話だ。
僕は20代の頃までは政治に1ミリも関心がなかった。だから成人して選挙権を得た最初の国政選挙では、家族の指示で自民党に投票した。わりとよくあるパターンだ。
でも当時の僕の考え方はかなりリベラル寄りだった。例えば、
「環境問題解決のために原発を廃止して自然エネルギーを活用しよう(3.11が起きる前からこういう考えだったけど、本当に原発を廃止したいとは思っていなかった。だって原発ないと電気困るし)」
「同性愛者の人たちに理解がありますから早く同性婚をできるようにしましょう。ジェンダーフリーを促進して性差別をなくしていきましょう(当時はLGBTという用語すら知らず、差別意識が差別を生み出していることに気付いていなかった)」
「外国人の方に地元で暮らしてもらって地方を盛り上げていきましょう(この頃は外国人といえば西洋人をイメージしていて、彼らの考えよりもそのルックスに興味があった)」
「武装強化するのは止めてその分のお金を障碍者や生活困窮者に使いましょう(周辺諸国との問題は全く考慮していなかったし、そう考えていた頃は自分の生活が苦しかったから)」
などといったものだ。書き連ねて見ればだいぶ偏った考えをしていたんだなぁ。
でもこれらは深く理解してこう言っていたわけではなくて、こういうことを言っておけば、何だかオシャレに見えるかな?という若さ故のフワッとした動機に基づいたものだ。こういう人は信念がないので基本的に口だけで選挙には行かない。実際、僕もほとんど行かなかった。
20代なんてだいたいそんなもんだよ。
今は多少なりとも知恵が付いたので、以前よりかは頭の中を整理できていると思う。例えば前述の話題については、
「環境問題解決のためにまずは新しいエネルギーを開発して、徐々に古いエネルギーを卒業していこう」
「同性婚は本当に必要な制度なのか。それを国民の何割が望み許容しているのか。まずはそこを調査しよう」
「移民に関する制度設計を見直したうえで、日本を愛しマナーを守ってくれる方々を歓迎しよう」
「日本を守るための武力は必要だ。そして余分な支出を削減すれば、福祉のための費用もきっと捻出できる」
これくらい地に足のついたことは考えられるようになった。近年では選挙にも行くようになり、政治をウォッチするという新たな楽しみができた。
こんな風に、右と左ってのは紙一重なんだよ。
それで僕がどの政党を支持しているかだが、僕はどの政党も支持していない。支持していないが、立憲民主党と日本共産党と社民党とれいわ新選組と公明党はNGだ。しかしこれらの政党の支持者もまるごとNGというわけではなくて、これらの政党のイデオロギーが僕に合わないということなんだ。
誰だって普通に接する分には、ほとんどがいい人たちだと思うんだよ。
上に挙げた政党に関して、国会で質問する時の態度が悪い人が多いとか、与党の批判ばかりで理想を実現させる能力が低いとか、近くの国のあの人たちが間接的に支援してるんじゃないか?とか他にも言いたいことはあるけど、これ以上は書かないでおく。
悪い批判ばかりしていると心の目が曇るからだ。
イデオロギーを表に強く出すと、他者からは大抵面倒くさい奴に思われる。
容姿と性格は良いのに政治スタンスが合わなくてバイバイ、なんてこともある。そういうのはなんだかすごく残念だし悲しい気がするが、自身の中に宗教並みに譲れない何かがあるというのは、ある意味人生が充実しているということなのかもしれない。そういう熱量がある人は純粋に尊敬しているんだ。
僕は高市早苗さんが総理大臣になってくれてとても良かったと思っている。
なぜなら高市さんの政策と僕の考えはほとんど一致していたし、ビジュアル的な面では僕の好きなタイプのショートヘアーだったのが好感が持てた。そして何より高市さんは賢くて論理的に物事を進められる人だから、僕は高市さんのことをかなり熱心に応援していた。僕から見た高市さんは決してガチガチの保守ではなくて、むしろああいうタイプが地に足のついたリベラル保守なのだろうと思うんだ。
そのために最近の選挙では国民民主党や参政党や日本保守党に投票して、いつか高市さんがトップになれますようにと願っていた。そして実際に高市さんがトップに選ばれたらほっと安心して、そういった熱が良い意味で冷めた。
来年は政治以外のことにも目を向ける機会を増やして、自身の見識を深めていきたいと考えている。
「政治に関心がないことは決して悪いことではない。健康なときに、健康に興味がないのと同じだ」
僕は麻生太郎さんのこの言葉が好きなんだ。