BL好きにはLGBTが多いのか?
先日調べ物をしていた時に、たまたま検索に出てきた某掲示板サイトの同人版にLGBTについてのスレッドがあった。
なぜ同人版にこんなものが?と興味本位でそれを見ると、そこはBL好きの女性に関するスレッドで、彼女たちの中にLGBTを自称する人が多いのはなぜなのか?ということを話し合っていた。
BL好きといえば、僕が高校時代に所属していた部活は美術部で、その中の同学年の部員にBL好きな女子が数名と、FTMらしき女子が2名いた。後者のうち1人は一人称が俺+BL好きで、もう一人は一人称が自分で男性のような振る舞いを好み、常にスラックスを穿いていた。また、ある一人の女子はレズビアンだった。
こういうのって、別段おかしなことではないと思うんだよな。昔からアート方面にそういう人たちが多いのは傾向としてあったし、それがある種の文化として受け継がれていたり自然発生し続けているものだ。
ではなぜ上述のスレッドに書き込んでいる人々は、あんなにも熱心に観察したりしているのか?
それは彼らが言及するBL好きのLGBTというのが、本来の意味での性的少数者とは異なるものだからだそうだ。
僕はLGBTというのは体質と環境である程度説明がつく状態だと認識している。
どの対象を好きになるかはそれまでの経験が大きく関係し、どのような性別が自身にとって心地良いかというのは本人の体質と環境が複合的に関係しているという考えだ。
そしてFTMの方々を注意深く観察すると、大きく分けて以下の2種類が確認できた。
1. 生まれつきの特性によって性別違和を感じるために、本来自認する性別への回帰を望むケース
2. 異性への憧れ(=恋愛対象との同質化)が根底にあり、同性からのプレッシャーや嫉妬などの心理的ストレスを回避するために性転換を望むケース
1は体質+環境によるもので、2は環境が大きく影響している例だ。
上述のスレッドでは主に2を問題視していた。端的に言えば2のケースには女嫌いのFTMゲイが多くて、その振る舞いが男性に媚びているように見えるため、一部の人にとっては不快感を覚えるそうだ。そしてこの2のケースにBL好きが多いんじゃないかというような話をしているようだった。
またある例では、男性に近付きたくて(女性から遠ざかりたくて)男性ホルモンを導入したのに、少し声変わりしただけで使用を止めてしまい、「男になりきれない女」としてオーディエンスに文句を言われているケースもあった。けど周りがどう言おうが、結局は本人が目指している姿がどの辺りによるかなんだよね。
パワフルでエッジの効いた姿になりたいのか、ほっそりとした中性的な姿になりたいのか、副作用は理解しているのか、そしていつか路線変更をする際に、本人がどこまで現状を受け入れられるのか……。個人差があるから、最終的にどうなるかはハッキリ予測できない。
進む勇気と止まる勇気のどちらも大事だし、他者の言葉に振り回されずに、あくまで本人の中で納得する形に落ち着くのが自然だ。そしてその選択の結果が、本人の将来の健康や寿命にも関わってくる。
自身の心に忠実な人生を歩んでいれば、他者の言葉など気にならなくなるよ。
上述のスレッドでは、Xジェンダーやノンバイナリーについても言及されていた。
その中で我々のことを「ミソジニーとルッキズムとエイジズム(が合わさったコンプレックスの塊)」などと表現されている方がいて、なかなか面白いことを言うなぁと思った。
確かにネットで確認できる限りのXジェンダーの傾向として、自らの性的な要素を抑制あるいは中間に近付けたり、自身の形状へのこだわりが強いというのはあるだろう。裏を返せば、Xジェンダーというのはそういう人々のためのカテゴリとも言える。
でも全てのXジェンダーがそうだとは思わないでほしい。我々にも様々なケースがあって、より厳格に自身の性的要素を消していくタイプや、両性を内包しつつオープンに振る舞うタイプ、また僕のように、インターセックスという身体的基盤のもとにこの自認を持っているタイプなどもいる。全体としてこのような多面性があるから、傍目では実態が掴みにくく、上記のようなコンプレックスの塊という印象が独り歩きしてしまっているのかもしれない。
Xジェンダーはトランスジェンダーと混同されがちだが、トランスジェンダーは二元性の内側にあり、Xジェンダーは外側にある。個人的にはそこが区別点だと思っている。
また、XジェンダーはASDなどの発達特性と関連があると指摘されている方もいた。これはなかなか鋭い指摘で、確かにその可能性はありそうだなと僕も前々から思っていた。女性のASDとテストステロン値の相関性についての論文を見ると、ベースが女性のオタクにノンバイナリーが多く、ノンバイナリーの多くが女性であるという説明もなんとなく納得できそうだ。ただ実際に大規模にノンバイナリーのホルモン値を集計して確認した例はないので、この説もあくまで「そうかもしれない」という程度に留めておいたほうがいいだろう。
それに発達特性を持っていることは全く恥ずかしいことではない。重度の例を除き、日本人の半分以上が不安になりやすい遺伝子を持っており、それが環境によって鬱や双極性障害やADHDやASDなどに似た症状を呈することがある。だから自身の特性を知ってそれをコントロールする術を身に付ければ、その後の人生はきっとより良いものとなる。
そのようなことに気付いたり学ぶことができれば、発達特性のある対象を下に見る言動は自然と減っていくんじゃないかな。
純粋なXジェンダーは目に見える絶対数が少なく、僕自身、現実で自分以外のXジェンダーの方と出会ったことは一度もない。
だからどこかでXジェンダーと知り合った際は、こういう存在もいるんだなとゆるく受け止めておいてくれれば幸いだ。
さらに、トランスジェンダーやXジェンダーの傾向として、年齢不相応なスタイルを好み、精神的に未熟だと言及されている方もいた。
これについては当事者であれば分かると思うが、多くのトランスジェンダーやノンバイナリーは様々な形で本来の自分を抑圧され、自身と異なる性の役割を演じたり演じさせられてきた。その影響でストレスを抱えて己を封印し、感情や記憶すら途絶えさせることもあった。
そのような呪縛から解放された時、ようやく本来の時が動き出すんだ。青年期、少年期、幼年期、場合によっては赤ちゃん時代からやり直すこともあるだろう。そうやってそれぞれの歩みを新しい人生に相応しい形でプレイバックするから、傍目には実年齢と言動が一致しないように見えることがあるんだ。
トランスジェンダーのホルモン療法の話題の中で「第二の思春期」という言葉が出ることがある。
僕はこの表現が気に入っていて、つまりそれは、生きながら生まれ変わりを経験するようなものだ。
それは本当にそれを必要とする人にとってはきっとポジティブな体験で、他者が関与し得ない幸福の一つの形だと思うんだ。
