母親に理解してもらえた日
今日、母親と性的マイノリティについて話す機会があり、お互いに率直な意見を交わした。
その時間のテレビにノンバイナリーの方が出ていて、その方が中高生ぐらいの子供たちに向けてジェンダーについての講義をしていたのを二人で見たのが話のきっかけだ。
僕はテレビに精神的同類が映っていることに少し興奮しながら、「ノンバイナリーは最近海外からやって来た新しい概念で、それ以前は日本ではXジェンダーと言われていたんだ」などと、やや得意気に母に説明した。
それからしばらく僕の体についての話が続き、なぜもっと早く、できれば生まれた時や早い段階で性別検査をしてくれなかったのかと母に問いかけたら、
「ロランは中身は男。でも体は関係ない。(人として一番大切なのは)心」
と母は言った。
そう言われて少し嬉しかった。それまで人から曖昧に見られることが多かったが、母は僕のことを男のようなものとして認識してくれていた。
僕のようにXジェンダーやノンバイナリーを自認しているからといって、必ずしも二元性の枠から完全に外れているわけではない。アンドロゲンが優位な場合、同じ身長の女性と比べてしばしば身体的・行動的なアドバンテージが生じ、場合によっては精神的な繊細さに欠けるところがある。逆にエストロゲンが優位な場合は、また違った行動的・精神的な差異があるだろう。
そのことを踏まえて、僕は母の言うことに以下の意見を付け加えたかった。
心、つまり考える力を持つ脳も体の一部だ。人は生まれた時から脳とそれ以外の部分が関係し合って、肉体的な性別が形作られる。僕はこの法則は絶対的だと考えていて、男性は胎生期に十分なテストステロンを浴びることで男性としての土台ができ、その後第二次性徴期に再びテストステロンが放出されることで「男」となる。そして女性は第二次性徴期に十分なエストロゲンが放出されることで「女」となる。
男性に関してはこの二段階のプロセスを踏んで、さらにその前の段階としてY染色体(もしくはSRY遺伝子)を持っていることが前提となるから、元来男性というのは女性と比べて不安定な生き物なんだ。
とにかくそうやって人は大人になり、それぞれの性の役割を果たす。たまに異性への憧れが強過ぎてトランスジェンダーを自称する人がいるが、彼ら/彼女らもまた、根源的には元の肉体性の仕組みに沿ってそういう考えを抱いていると思われる。だからMTFやFTMという言葉があり、彼ら/彼女らはそこに属する。
そして彼と彼女の要素を生まれながらに持ち、それぞれの性ホルモンが絶妙なバランスで拮抗しながら生きてきたのが僕だ。この体の状態と、男とも女とも言いにくいこの性自認の組み合わせは珍しいから、今の日本の公的機関の性別欄では明確に分類できないだろう。もし性別欄に中間を示す選択肢があれば嬉しいが、それは社会に混乱を生むことになるかもしれないので、僕は生まれた時に割り当てられた戸籍性のままでも構わないと思っている。
他のDSDの方々にもまたこのような曖昧性が少なからずあるが、それでもどちらかの性別に馴染むよう、上手く折り合いをつけて生活をしている方がほとんどのように見受けられる。中には出生時に分類された性とは異なる性を後から選択する人もいて、それはその状態の人々にとっては自然な選択であり判断だ。
そのような身体的構成のもとに性自認が芽生える。先天性であれ後天性であれ、ここが非定型な場合は自分や周りのためにしっかりと検査などをして確かめたほうがよい。
ここまで説明したかったが、それはしなかった。理屈っぽいのは嫌われるし、自分の考えが間違っているかもしれない。だからただ一言、「そうだね」と同意するだけで十分だと感じた。
それで分かり合えたから、これで良かったんじゃないかな。
僕は生きた標本。このような変わった存在になれたのは幸運だ。だからこうして、インターセックスとしての自分について発信している。
皆、好きなように僕を見て、僕について考えればいい。
僕はそれに対して否定も肯定もしない。この国で、この状態で生かされているだけで幸せだから。
ここまで辿り着くのに40年かかった。
